yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「もっとも美しいひと」が「もっとも美しくて勁いひと」に

去年の12月末、NHKで羽生結弦さんの「花は咲く」に出逢った。衝撃だった。フィギュアスケーティングがここまで芸術的な高みにまで達するのかと、驚嘆した。ことばがなく、ただただ泣きながら観ていた。これほど美しいひとがこの世にいるんだろうかと。この世ならぬところと繋がっている人によって初めて可能になる「死者への鎮魂歌」。悲しいのだけど、でも美しい。なぜならそれが魂に訴えかけてくるから。死者の魂と私たちとの橋渡しをするひと、羽生結弦。彼が表現している世界の聖らかさに撃たれた。ここまでの表現ができるということの重さは、凡人には想像がつかないだろう。逆に心配になった。こんなに繊細な人が世俗の只中に生き続けることが、いったい可能なんだろうかと。

あれから一年。彼はそんな「心配」を吹き飛ばしてくれた。そのときにもすでにオリンピックを制した世界チャンピオンだったけど、この一ヶ月はそれを凌駕する成績を挙げ、文字通りの「絶対王者」にのぼりつめている。私にとって「美しいひと」だった羽生結弦さんは、美しいだけではなく「勁いひと」でもあった。それを同時代人として確認できた幸運を想う。スケーティングはスポーツ。でも彼のそれは次元が違う。宇宙が違う。そんな領野を拓いてくれた。もう「心配」はしない。彼がしっかりとこの世に足をつけているのを、信じれるから。