複数のインタビュワー(オリヴィエ・ベリュイエ他)の聴き取りいう形式を採っている。2011年から2014年までに採録されたもの。エマニュエル・トッドの名は、『帝国以後』(2002)が出版されたた当時、西洋美術史専門の同僚から聞いていた。この著書でアメリカ発の金融危機を予見していたというので、日本でもそれまで以上に有名になった。私は残念ながら、彼女の推奨にもかかわらず読まなかったのだが、入手して読むつもりにしている。ただ、近くの図書館では彼の著書のほとんどが貸し出し中だった!借り出せたのは『移民の運命』(1994)一冊のみ。
彼の西欧文明への切り口がとても面白い。今回のギリシャ危機も、彼の視点に立てばまったく違った様相をもって立ち上がってくる。フランス生まれで、あの超難関のパリ政治学院を卒業後にケンブリッジに留学したという経歴。でもそこか想像される「エリート的」な位置というか、西欧中心主義的な立場からは隔絶しているように思えた。ユダヤ系ということがあるからかもしれない。アングロサクソン的、もっといえばアメリカ的な視点とも180度違った見方で、現在のヨーロッパをみている。『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』はあまりにもドラスティックなタイトルだけど、彼の視点をかなり正確に表現している。
私がこれを買ったのはこのタイトルからだった。ドイツがまさに「帝国」を指向しているように思った経験があるから。ほんの一週間ちょっとの短いものだったけど、去年末にベルリンに滞在した折に、なにか皮膚に迫ってくるように、ドイツの目指す「帝国」的な何かを感じた。そのとき思わず出た反応は、下世話なことばでいうと、「いけすかない」である。何か部外者を押さえ込むような力と、独特の「ダササ」。自由・奔放を許さない雰囲気。長く暮らしたアメリカではそう感じたことは一度もない。イギリスでも、オーストリア、それに他のヨーロッパの都市、ミラノとかパリ、プラハでもなかった経験。プラハに至ってはベルリンの対極にある感じがした。
彼の視点は「『ドイツ帝国』は最初は経済的なものだったが、今は政治的なものになっている」というものだ。通貨統合することで、経済から政治支配への移行はスムーズに行えた。ユーロ圏に入ることで、(「いまいましいことに」)フランスもドイツの支配下に納まってしまった。それまで抵抗していたにもかかわらず。文化的にも歴史的にもドイツとは共通するものが少ないにもかかわらず。アングロサクソンはこのドイツ的なものとは馴染まないところがあるから、取り込まれる可能性は少ないだろう。
アメリカ支配が緩くなってしまったが故のドイツの「台頭」。アメリカがドイツに対するコントロールを失ってしまっているのが現在の状況だという。それがよく表れているのが、ロシアに対する対応だという。この本で私が目を拓かれた思いがしたのが、このロシア解釈だった。日本のメディアの観点とのこの違い。とても興味深かった。納得する点が多々あった。
彼が予見している一つの事象はドイツと中国の接近である。アメリカも日本もそこから外れている。アメリカの力が弱くなって来ているところに原因があるのだが、ドイツが着々と「帝国」建設に向けて進んでいるとみると、違ったマップがみえてくる。
今回のギリシャ危機とこの5日の国民投票の「NO」という結果は、彼の観点を入れると巷間でのメディアの解釈、予想とは異なる様相を呈してくるように思う。