以下のチラシでは三津五郎の新三が右上、彌十郎の家主長兵衛がその下の写真である。
配役は以下。
髪結新三:三津五郎
弥太五郎源七:橋之助
下剃勝奴:勘九郎
白子屋娘お熊:児太郎
家主女房おかく:亀 蔵
車力善八:秀 調
加賀屋藤兵衛:家 橘
白子屋後家お常:萬次郎
家主長兵衛 :彌十郎
手代忠七:扇 雀
先月東京に遠征した折に、東劇の「シネマ歌舞伎」でかかっていたのが1981年(昭和56年) 5月に歌舞伎座で上演された『髪結新三』だった。この時の配役は以下。
髪結新三:中村勘三郎(十七世)
手代忠七:尾上梅幸(七世)
白子屋お熊:中村芝翫(七世)
下剃勝奴:中村勘九郎(十八世 中村勘三郎)
家主長兵衛:市村羽左衛門(十七世)
弥太五郎源七:片岡仁左衛門(十三世)
というわけで、勘三郎、勘九郎親子の共演を二代に渡って観たことになる。私が以前にみた『髪結新三』は菊五郎の新三だった。ずいぶん前のことなので、歌舞伎座でみたのか南座だったのか、うろ覚えではあるのだが。
『シネマ歌舞伎」の十七世勘三郎は、みごとというほかなかった。「すごい!」を連発してみていた。かなりの年齢だっただろうが、江戸っ子のいなせさ、格好よさ、それに加えて「ワル」のすごみ。こういうものを一人の男の中にぎゅっとつめこんで、具現化していた。でもどこかにオカシミを出せるなんて、さすが大阪に縁の深かった十七世勘三郎。その点で菊五郎は、「すごみ」の方が「オカシミ」より勝っていたように思う。ものの本によると、この演目の大事な「小道具」として登場する初鰹に、江戸の初夏の情景が浮かび上がるのだという。また、そのように演じなくてはならないのだという。
生の舞台が映像より優れているのは、そのライブ感だろう。舞台でみた三津五郎の新三、勘九郎の下剃勝奴の組み合わせは、どちらかというと映像版よりも良かった。生き生きとみえた。三津五郎がとにかく良かった。先月もこの人の「喜撰」に感服したが、今回の新三も役の読みこみが徹底していて、その造型が二人の勘三郎、菊五郎とも違う、新しい新三像を造り上げていた。説得力があった。彼の友人だった勘三郎が亡くなってからの方が、彼らしさを意識的に出すようになってきたのかもしれない。ただ、エロっぽさは菊五郎の新三がもっとも突き抜けていた。三津五郎だと、ちゃっかりとお熊を自分のモノにしている感じが、今ひとつ出ていなかった。
また、勘九郎が、今までにみた彼の役のなかで、一番良かった。ワルの新三の手下、いわばこの「ちょいワル」役をノリノリで演じていた。これは映画版の父、十八世勘三郎の演じた下剃勝奴より「実」があるようにみえた。彼のニンにはこう演じる方がピッタリくる。父の呪縛から逃れて、ようやく自身らしさを追求し始めたということだろうか。
さすがと思ったのは、家主長兵衛を演じた彌十郎。新三をもしのぐワルぶりを、絶妙の息づかいで演じて、座布団三枚!これも映像版の羽左衛門よりも、生き生きしていた。
このチケット、先月にネットで取ったのだが、日を間違えていた。12日に取ったつもりが、11日だった!朝、新橋演舞場で『さくら橋』をみた折に、自動発券機からチケットを出したのだが、この第二部公演の日付をみてびっくり。東京遠征のメインな目的がシアター・コクーンで「ABKAI公演」を観ることだったので、その時間(午後5時半始まり)に間に合わせるため、このあとの『色彩間苅豆、かさね(累)』を断念せざるを得なかった。残念。自分のボケっぷり加減に自己嫌悪。