著者は住宅史学、都市計画学が専門のようで、全国各地を回っているときに、この種本になった本、『石城日記』に出会ったのだという。
- 作者: 大岡敏昭
- 出版社/メーカー: 相模書房
- 発売日: 2007/05
- メディア: 単行本
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この石城氏、(芝居好きではなかったのかもしれないが)絵が得意だったようである。そのみごとな筆さばきによって、当時の下級武士の日常が生き生きと描かれている。もちろん西洋的写実画ではないけど、絵筆ならぬ墨の筆で、ここまで人の表情、動きをよく描けたものだと、感心してしまう。
おまけに、住宅学が専門の大岡先生による、当時の建築、住居の解説が付いていて、これも面白い。それで気づいたのだが、妹の家に寄宿していたこの石城殿、寄宿の身でありながら、ほぼ毎日のように来客をもてなしている。その折に使われるのが座敷のみならず、ぬれ縁なのだ。これってあのテレビ化された『鬼平』シリーズでおなじみのものですよね。鬼平が彼の部下、そして密偵たちと打ち合わせをするのは、鬼平の役宅のぬれ縁なんですよね。ぬれ縁に続く座敷も『鬼平』には頻繁に登場するが、それがまたこの石城氏が描く家(屋敷?)と瓜二つ。ということは、池波正太郎は当時の生活習慣のみならず、住居についても通暁していたということなのだと、今さらながらに感心ひとしきり。
もう一つ、「鬼平』との類似点は、この石城御仁がまるで漱石の「高等遊民」で、暇があれば友人たちとつるんで、呑んでいるところである。その酒盛りというか、酒を通じてのつきあいも、『鬼平』ではおなじみのものである。さらに類似しているのは、当時の食事の事細かな描写である。食事は贅沢とはいえないまでも、多彩な内容で、貧乏な下級武士でも、それなりに食生活が充実したものだったことが分る。『鸚鵡籠中記』にも食事内容が書かれてはいたが、こちらの方がずっと徹底している。着物を質にいれてしまい、正装ができないので、公の場に出るのを控えるなんていいながら、食べる物にはさして窮していなかった様が、オカシイ。
時は幕末、否応なく激動の中に巻き込まれて行くのだけれど、それなりに自分の信じる義を通しているとことなど、なかなか高潔な人柄である。生活に窮している寺の住職を友人たちみんなが喜捨で助けるなんていう、人間関係の希薄になっている今の私たちにはウラヤマシイようなエピソードも盛られている。当時の人たちがまるで今すぐ傍にいるような、そんな近しさを感じさせる内容である。アマゾンでも☆5つと、高評価なのも頷ける。