Quentin Crisp (1908-1999) のことを思い出したのは、今回のフィラデルフィアでの観劇リスト作成のためにフィラデルフィアの劇場を検索した折にWilma Theatre (ウィルマ劇場)に行き当たったからである。ここもフィラデルフィアでは有名な劇場の一つである。
クエンティン・クリスプさんはたしか1999年にここで講演をした。講演といっても大仰な感じのものではなく、トークに近いものだった。亡くなる数ヶ月前だったのだと思う。ローカル紙で広告(それも小さな)をみて、出かけたのだけれど、会場は男性二人づれ、あるいは男性のグループが圧倒的多数で満員、ちょっと気後れしてしまった。トークの内容はニューヨークでの生活や、彼の最近の活動についてだった。ご本人は弱々しい感じはしたけれど、でも語調はまったく乱れることがなく、トークの後には質問にも丁寧に答えられていた。ほんとうにステキ!、そしてなんといってもセクシーな方だった。御歳、90歳でですよ!その機会を逃さなかったことを、感謝している。
彼のことを知ったのはつれあいが持っていた録画ビデオ、The Naked Civil Servant からだった。1975年に英国、米国両方でテレビ放送されたのだが、その後なんども両国で再放送されたようで、その再放送したものを当時アメリカにいたつれあいが録画したのだった。彼が留守のときにそれをみて、テレビ録画で画像が悪かったにもかかわらず、雷に撃たれたような衝撃を受けた。日本では放映されていないと思う。色んな意味で問題作だから。
彼の伝記を映像化したもので、このIMDb の映画評価サイトでの評点は7.9点ととても高い。この評価は正しいとおもう。でも一般の人がみたらショックをうけるだろう。とにかく "outstanding" かつ"outrageous" だから。監督はJack Gold、クリスプさんを演じたのは演技派のJohn Hurtである。クリスプさんご本人も映画の冒頭で登場し、自伝がテレビ映画になったいきさつを話している。
まず、この冒頭部分でノックアウトされてしまった。完璧な英国紳士の外見、上品な語り口、仕草の中に匂いたつ華やかさ、その少し鼻にかかったイギリスアクセントの流麗さに圧倒された。逸材だと即座に分かった。そして、映像もすばらしかった。イギリス映画でよくみかけるタブロー方式で構成されていて、重要なシーンがすべて紙芝居をみているかのごとく、淡々と、過重な思い入れを一切排して一頁一頁めくられて行く。そのあまりにも「無機質化」された語りと内容の過激さとがミスマッチで、だからこそ内容の「悲劇性」が際立たされていた。
ビクトリア朝の雰囲気の残る英国社会、父が弁護士という中流上の家庭に生まれ、ホモセクシャルであることは完全にタブーという中で育ち、自らのセクシュアリティを隠しきれずに家を飛び出し、その後は保守的なイギリス社会で手ひどいあざけりと侮蔑を受けて生活せざるを得なかったという彼の半生が描かれる。イギリス人特有の諧謔精神は「健在」で、くすっと観ている側が笑ってしまうところもそこそこあった。ウィッティでユーモアもたっぷりとあって、「これぞイギリス人」というのをたっぷりと味わわせてくれる作品なのである。それから1年ばかりして帰国してからイギリスの本屋へ直接注文して送ってもらった。
彼はこの映画のヒットでいろいろな映画に出演することになる。これもアメリカでみたのだけれどヴァージニア・ウルフの同名の小説を映画化したOrlando での彼の「エリザベス女王」は何とも気持ちの悪い女王さまだった。ちょうど『不思議の国のアリス』のハートの女王のようだった!
映画『フィラデルフィア』にも出演したこともあり、彼はフィリーのゲイのアイコンになっていたのだろう。クリスプさんのトークに来ていたのはゲイのカップルがほとんどだった。知的でおしゃれな人たちだった。ちなみにWilma Theatre (ウィルマ劇場)のあるあたりはフィラデルフィアでもゲイの人が多く住む地域で、おしゃれなカフェ、レストランが軒を連ねている。土曜日など通りを歩くと、ゲイのカップルが仲良く犬を散歩させていたりする。