つれあいが「必見サイト」といって、イギリスのテレビ番組のサイトを送ってきた。イギリス人のそして彼らのもつ諧謔精神、卑猥さへの嗜好、ネクラさ、そしてそれらをすべて包み込むユーモアが満ち溢れた(?)番組のようだった。宣伝文句に相応しく確かに "dark comedy"のようだ。実際のドラマをみるには英国に行かなくてはならないのだろう、
http://www.guardian.co.uk/tv-and-radio/tvandradioblog/2010/mar/18/lizzie-sarah-bbc
イギリス人のエッセンスを知りたければ、この手の番組をみるのがいちばんだろう。アメリカ人の好みともずいぶん違うと思うのだが、でもアメリカ、特に東部ではこういうテレビドラマがロングランで放映されているところをみると、そのような「陰湿さ」とは無縁と思っていたアメリカ人の中にもそういうDNAがあるのかもしれない。
でもやっぱりイギリスのドラマとアメリカのそれとは違うのだ。
アメリカに行く前は毎年2回はロンドンへ芝居を観に行っていた。クラッシック音楽のコンサートでは日本人をよく見かけたけど、芝居となると出会ったことがない。唯一の例外はストラットフォード・アポン・エイボンでのシェイクスピア劇だった。こんなところまで!と(自分のことは棚にあげて)吃驚したものである。
ロンドンのウェストエンドには多くの劇場、芝居小屋があって、ニューヨークのブロードウェイやオフ・ブロードウェイと張り合っている。ミュージカルに比べると芝居を観る観光客の数は少ない。英語だし、ジョークのやりとりとなると、英語圏以外の人にはかなりハードルが高いからだろう。古典的なバーナード・ショーなどもあるけど、新しい芝居がほどんどだった。そういう点、日本の大衆演劇にとても似ている。観客を巻き込んでの舞台という点も(とくに小劇場の)よく似ている。
そういう芝居のいくつかをニューヨークとボストンでも観た。まったく別物だった!Peter Shaffer のLettice and Lovage (これはどちらも主役Maggie Smithで観たのに)、Joe Orton の What the Butler Saw 、 Bernard ShawのMan and Superman、そして Caryl Churchill のCloud Nineいずれも似て非なるものだった。
最大の違いは、アメリカ化すると毒気が抜けてしまうところだった。ダーク・コメディでも「ダーク」な牙が抜け落ちてしまうのだ。一般受けするように滑らかに口当たりよくなってしまう。イギリス人には受けても、「ピューリタン的な」アメリカ人には受けにくいのかもしれない。
英国人とアメリカ人の違いを知りたければ、芝居であれ、映画であれ、テレビドラマであれ、作家の、演出者の、役者の人間性が否応なく反映されるドラマを観るに限るのだ。