yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

幸四郎が全身全霊で演じるシネマ歌舞伎『女殺油地獄』@大阪ステーションシティシネマ 11月11日

昨年7月、大阪松竹座での録画。なぜか本公演を見逃してしまっている。以下が公式サイトからお借りしたスチール。

f:id:yoshiepen:20191112072810p:plain

近松をこのように地元大阪で演じるのは、「弥次喜多」を東京で演じることと対(つい)にしている?つまり、上方の代表である近松物悲劇と江戸前代表の「弥次喜多」喜劇が対比されている。幸四郎・猿之助コンビの執念というか、意気地というか、所信表明というか、なみなみならない強烈な意思を感じ取ってしまった。

この二人が、今の歌舞伎を引っ張っているんですからね。自分たちこそが東西歌舞伎の中心になり、上方もの江戸前もの、その双方を自家薬籠中のものとし、さらにはそれらを演じきる(きれる)という意思表示?実力派二人の所信表明?

とくに幸四郎に、強烈な、怖しいほどの執念を感じ取ってしまった。あの与兵衛は今までの歌舞伎役者が演じた与兵衛ではなかった。仁左衛門のものも見ているけれど、幸四郎ほどの強烈さはなかった。もっと様式化されていた。幸四郎の与兵衛はまるで現代劇の人物。もちろん言葉もセットも他の役者も百パーセント「歌舞伎」の中で、彼一人が突出して異様だった。異様に与兵衛だった。非常に説得力のある与兵衛だった。上方役者が演じてはここまでにはならなかったかもしれない。そこには常に演じる役との距離というか、役を手玉にとるというか、そんな姿勢が見られた。しかも、喜劇味が付与されているんです。この「おかしみ」が新幸四郎の身上だと思う。彼が目指している方向は、ここにあるように感じた。

対する猿之助。この方は女方のときにすごい力を発する役者だと、改めて認識した。『男の花道』の際も感心したけれど、今回はそれ以上に感心した。幸四郎という思想的、芸術的、そして技術的のも好敵手を得て、生き生きと輝いていた。想像するに、幸四郎との共演が彼にとって最も安心できる舞台なんでしょう。力量も指向性も近似だから。

幸四郎・猿之助、二人競演の舞台は、熱量がハンパない。各自はそう意識はしていないだろうけれど、二人が揃ったときに表出するエネルギーの質量が、(従来の)歌舞伎のものではない。もっと土着的なものを連想させる。

とくに最後の油がぶちまけられた場。幸四郎、猿之助の顔が大映しになる。手の動き、足の裏まで克明に映し取られる。皮膚の、化粧の、鬘の異様なまでに拡大された映像。お吉と与兵衛との生々しい身体の絡み。一体これはお吉・与兵衛という登場人物のことなのか、それとも猿之助・幸四郎という二人の演じ手のことなのか?役柄と役者が一体化している。

しかしその一体化をかわすのはそれが映像だから。見ている側は奇妙な感覚に捕らえられままその場は進行。 

行灯が消されてからは、ほとんど暗闇の世界。まるで白黒映画の世界。油のヌメヌメ感と白黒映像の硬質感とが独特の雰囲気を醸し出す。逃げるお吉を追う与兵衛。与兵衛の荒々しい動作の後、ほぼ静止に近く挿入される大写し。この動・静の組み合わせが斬新である。その角度も、まるで映画のように変わる。以前にみた仁左衛門・孝太郎の『油地獄』ビデオもその場は強烈だったが、それと「差別化」するのが、この撮り方だったように思う。監督は松竹撮影所の井上昌典。公式サイトに、「映画界の監督。スタッフを多数迎えた」とある。

洗練された映像美で描き出す"新たな「女殺油地獄」"
映画界で活躍する監督やスタッフを多数迎え、公演本番時の撮影のみではなく舞台稽古や舞台上に上がっての撮影も実施!
あらゆる角度から撮影した映像で、『女殺油地獄』の世界をより深く、より鮮やかに描き出します。

クレジットで、編集に幸四郎が加わったことがわかった。「やっぱり!」と納得した。まるで映画であるこの『油地獄』。でも歌舞伎ナンですよね。歌舞伎と映画とのコラボが最も先鋭的に示された作品。幸四郎はそういう作品を作りたかったのでしょう。「十代目松本幸四郎襲名記念シネマ歌舞伎」というハレの舞台を使って。公式サイトのCMが以下。

十代目松本幸四郎襲名披露公演が早くもシネマ歌舞伎化!
平成30年1月歌舞伎座での「壽 初春大歌舞伎」からスタートした二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎、八代目市川染五郎の高麗屋三代襲名披露。
今回は平成30年7月に大阪松竹座で行われた襲名披露公演「七月大歌舞伎」で上演された『女殺油地獄』がシネマ歌舞伎として新たに生まれ変わりました。
まさに、シネマ歌舞伎における"新・幸四郎 襲名披露作品"として満を持して全国の映画館に登場します!

以下、公式サイトから概要と配役をお借りする。

作品概要

  • 上演月:2018(平成30)年7月
  • 上演劇場:大阪松竹座
  • シネマ歌舞伎公開日:2019年11月8日
  • 上映時間:103分

配役

  • 河内屋与兵衛:松本 幸四郎
  • 七左衛門女房お吉:市川 猿之助
  • 山本森右衛門:市川 中車
  • 芸者小菊:市川 高麗蔵
  • 小栗八弥:中村 歌昇
  • 妹おかち:中村 壱太郎
  • 刷毛の弥五郎:大谷 廣太郎
  • 口入小兵衛:片岡 松之助
  • 白稲荷法印:嵐 橘三郎
  • 皆朱の善兵衛:澤村 宗之助
  • 母おさわ:坂東 竹三郎
  • 豊嶋屋七左衛門:中村 鴈治郎
  • 兄太兵衛:中村 又五郎
  • 河内屋徳兵衛:中村 歌六

二人の主役以外は上方(出身)役者を揃えている。私個人的には壱太郎のおかちに感心した。役をちょっと外して演じるところ、おかしい。さすが上方役者!陰惨の中で、唯一のおかしみだった。