yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

歌右衛門の戸無瀬——公演記録映画『仮名手本忠臣蔵』より「道行旅路の嫁入」(八段目) in 「第422回公演記録鑑賞会」@国立文楽劇場小ホール 9月5日

昭和49年(1974年)の国立劇場での録画。文楽陣が竹本の代わりをしていた。以下、演者一覧。

本蔵妻戸無瀬 = 中村歌右衛門(6代目)

本蔵娘小浪 = 中村松江(5代目)

奴吉平 = 中村東蔵(6代目)

馬子 = 坂東三津三郎(初代)

旅人夫 = 澤村由次郎(5代目)

旅人 = 竹沢諭

旅人女房 = 坂東弥吉

村の女 = 小林洋信

 

文楽座特別出演、竹田出雲・三好松洛・並木千柳合作

 

歌右衛門を最初に見たのは、1995年4月歌舞伎座で『沓手鳥孤城落月』の淀の方 を演じたとき。それが最後となってしまった。立っているのもやっとという感じだったので、彼がすごい役者だというのは主として三島由紀夫の書いたもので知った次第。この時おん年78歳。もっとも、この舞台で秀頼(梅玉が演じた)と対峙するサマには、他役者にない迫力があった。鬼気迫るものがあった。

この記録映画「道行旅路の嫁入」の歌右衛門は、まるで違っていた。当時57歳。足腰がしっかりと安定、まったくブレがなかった。戸無瀬がまるで乗り移ったのかのようなハマリぶり。自家薬籠中というよりさらに身体に馴染んだ感じでの演技だった。この方が「帝王」として歌舞伎界に君臨したというのも頷ける一境地抜けたうまさだった。 

加えて、およそ戸無瀬という役にはちょっと不似合いなレベルの色気を発散させていたのに、驚嘆した。若い娘、小浪役の松江を完全に喰ってしまっていた。色気といっても複雑な色気。年増女の気風の良さが醸し出す色気と、ちょっと娼婦的というか、外れた女が必然的に纏う妖しさとの混合とでもいおうか。玉三郎の色気はこの歌右衛門のそれに比べるとずっと「清潔」な感じがする。もっと雑味が排されている。改めて、玉三郎がこの歌右衛門を「超える」のにいかほどの心血を注いだのかが理解できた気がした。歌右衛門がこういう「猥雑」というか雑味を発散させる人だとは、およそ予想していなかった。確かに勘三郎と共演した『一本刀土俵入』(DVDで見て感動したのだけれど)のお蔦にも酌婦の色気はあったけれど、この戸無瀬はそれとはちがった役柄。 

多分に三島の『女方』論の影響を受けていた私には、この歌右衛門はかなり衝撃的だった。もっと孤高の女方だと思い込んでいたので。また、「過去の遺物」のように多少は思っていたので。芸術的に高みを極めた人。そのために雑味を極力排していた役者。そんな風に思い込んでいた。これは多分に玉三郎を投影した「歌右衛門」像だったのだと、やっと気づいた。稀代の女方の最高峰——

歌右衛門と玉三郎。この二人ほど、およそ異なった資質と演技法の役者はいないのだ。自分の鈍感に呆れている。

玉三郎が役の核の部分に深く沈潜し、核そのものをピュアな形で表現しようと試みる女方だとすれば、歌右衛門は役のいくつもの形を複層的に(時には奔放に)表現する確信犯的女方。それを支えるのは自己の表現力への揺るぎない自信(確信)。いささか「投げやり」にも思えるほどの自信である。

思いもかけない歌右衛門に出逢えたのは、良かったのかどうか。複雑な気持ちで会場を後にした。