yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

林宗一郎師の番外仕舞「隅田川」in 「青嵐会」(河村晴道師社中会)@京都観世会館 5月18日

河村晴道師の社中会での林宗一郎師の仕舞「隅田川」が胸に堪えた。手を顔にかざしてのシオリの所作がとくに心に響いた。嘆きだけではなく、祈りも加味されていて、しみじみと悲しかった。その詞章部分が以下である。

我もまた、いざ言問はん都鳥、いざ言問はん都鳥、我が思ひ子は東路に、

ありやなしやと、問へども問へども、答へぬはうたて都鳥、

鄙の鳥とや言ひてまし

さらわれた息子を探し求めて、宮古から東国の隅田川の辺りにやってきた狂女。業平がこの川で詠んだ歌、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」中の「恋人」を「息子」に詠み替えて、自身の境涯を嘆いてみせる。激しい所作ではなく、静かなシオリのサマに彼女の身を苛む悲しみが窺える。 

『隅田川』は梅若六郎師が亡くなられる二年前に録画したDVDを持っている。ゆったりとしが動きの中に、シテの悲しみが迫ってくる素晴らしい演技だった。林宗一郎師の舞は、梅若六郎師の舞よりも、もう少し動きがはっきりしている。所作、舞は静と動との緩急のつけ方が、絶妙である。この仕舞でも、梅若六郎師の舞よりも、スピードがあった。それが佇んだ体勢でのシオリとスッキリした対照をなしていた。現代的な「解釈」と言おうか。しみじみと美しく、悲しいのは、お二方の舞に共通していた。