yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

福助・児太郎の親子共演が嬉しい「鴫立澤対面の場」in『吉例寿曽我』@歌舞伎座1月7日昼の部

「歌舞伎美人」からの配役とみどころを以下に。

工藤奥方梛の葉     福助
曽我一万        七之助    
小林妹舞鶴       児太郎
局宇佐美        梅花
八幡三郎        福之助
近江小藤太       松江
曽我箱王        芝翫

 

 

初春を寿ぐ曽我狂言

 相模国大磯に近い雪景色の鴫立澤。曽我箱王と兄の一万は、親の敵である工藤祐経を討つという大望成就のためにやって来ます。しかし、そこへ現れたのは祐経の奥方の梛の葉で…。
 「雪の対面」の通称で知られ、祐経の奥方梛の葉が登場する珍しい趣向のひと幕。初春に「曽我狂言」を上演する江戸歌舞伎の吉例にならい新年を寿ぎます。 

曽我十郎・五郎の仇討ちを素材にした「曽我狂言」を1月の新春興行上演するのが吉例となっている歌舞伎。それも、いわゆる「対面」の場のみ。ここでは、工藤祐経の代わりに奥方の梛の葉を持ってきているのが、珍しい。「女工藤」と呼ばれているとか。そもそも工藤祐経、小林朝比奈は立ち役が演じるところ、こちらは女方役者に代わる。見るのは初めてだった。福助の出演を「見せ場」にするために、組まれたのだろう。こういうところ、何代も続く「家」役者を擁する歌舞伎ならではのもの。福助が子息の児太郎と一緒に舞台に立っているのを見るだけで、ジーンとしてしまった。なんせ、成駒屋復活興行の趣きのあるこの新春公演。「立ち」の家からお株を奪い取っているんですから。ただ、児太郎、夜の部では「律儀」(うめあわせ?)に新橋演舞場の「立ち」の舞台に出演しているようですが。

やはり児太郎は舞台映えが素晴らしかった。衣装も立女形のもので、豪華なもの。ガタイがしっかりしているので、嫌でも目立つのだけれど、声も張りがあって存在感を主張していた。でも、決して、自己主張をガンガンするわけではなく、あくまでも「控え目」にしているんですけどね。 

「春駒」とは、「獅子舞」と同じく門付け芸の一つで、正月に張子の馬を持って家々を回り歌舞を見せるもの。ここでは兄弟春駒。兄の一万(十郎)を七之助、弟の箱王(五郎)を芝翫が演じている。この組み合わせも、あまりにもそれぞれのニンにぴったりでおもしろかった。七之助の巧さに、改めて感服。ここでは優男とはいえ立ち役で、すぐ後の『廓文章』では艶やかな夕霧を演じるんですから。役の作り方に緻密な計算が見られる。こういう沈着冷静、かつ自身を客観的に見ることのできる役者は、そう多くはないだろう。やはり「玉三郎後継者」として真っ先に挙がる役者さんだと、納得してしまった。

それと、普段はあまり気にとめない歌舞伎のお囃子。今回は能のそれと比べている自分に驚いている。演奏者、作曲された方々のお名前を探したりしてしまう。「筋書き」を買っておいて良かったことの一つ。この「寿曽我対面」の昨調が「田中傳左衛門」とあった。11世なのか13世なのかはわからないけれど、先日お話と演奏を拝見(聴)した能の大鼓方、亀井広忠師のお祖父様、もしくは弟さんなんですよね。筋書きには、11世の後継者で13世のご母堂、田中佐太郎さんの著書、『鼓に生きる』(淡交社)の宣伝が出ていた。読むつもりにしている。