yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

七之助のお嬢吉三が光っていた『三人吉三巴白浪』 in 「芸術祭十月大歌舞伎 十八世中村勘三郎七回忌追善」@歌舞伎座 10月25日

演者は以下。

お嬢吉三
お坊吉三
夜鷹おとせ
和尚吉三

七之助
巳之助
鶴松
獅童

 

「大川端庚申塚」の場のみ。この公演そのものが「追善」に重点を置いていて、故勘三郎と所縁のある演目を昼夜それぞれ三本ずつ披露するというものだったようである。切り狂言一本のみ比較的長く、あと二本はほんの「さわり」だけ見せる。この『三人吉三』もその「さわり」に当たる。それも黙阿弥調のあまりにも「有名な」ツラネのきちんと入った「大川端の場」を持ってきていた。最近の歌舞伎座では、観劇歴の比較的短い観客が多いように感じるのだけれど、その人たちでも「聞いたことがある」場を選んで持ってきたのではないかと、推察している。これは余談だけれど、大向こうさんたちの中に間違った屋号をかける人がいて、驚いてしまった。観客の反応も「おっかなびっくり」という感じ。盛り上がりに欠けていて、ちょっとがっかりだった。

そしてこの「大川端庚申塚の場」。このキャスティングは串田和美演出のコクーン歌舞伎のものの踏襲だろう。ただ、コクーンではお坊は松也だったし、和尚は勘九郎だったけれど。ただ、約束事は従来の古典的演出にならっていて、串田版とはかなり異なっていた。コクーンの演出でこの場のみを舞台にあげるには、齟齬があるからだと思う。

やはり七之助が光っていた。コクーンでは勘九郎を立てていたのだけれど、ここでは巳之助、獅童をもリードしている感があった。圧倒的存在感の役者になったのですね。七之助の「躍進」は、この追善公演を通して、非常に強く印象づけられたことでもある。巳之助は2年前の「浅草歌舞伎」でこのお坊を演じているけれど、そのときの役とのズレというか、「違和感」がなくなって、いなせさが醸し出せていた。獅童も貫禄という点では問題なかった。

この三人の吉三、黙阿弥の美辞麗句に支えられ、かっこよく江戸前で決めるというのが古典的演出。でも、実はその辺にたむろする不良なんですよね。串田版はその実像と幻想との間のギャップをうまく出す演出になっていた。今回の「大川端の場」ででも、それも従来版に倣った短い場なのにも拘わらず、そのギャップが浮き出ていた。串田演出が後味のように効いていた。