yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「もどき」と「もじり」でシャレのめした『東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖 (とうかいどうちゅうひざくりげ こびきちょうなぞときばなし)』シネマ歌舞伎@109シネマズ箕面 9月19日

これぞ「江戸歌舞伎!」と興奮してしまった。ありとあらゆる歌舞伎のエッセンスというか、観客をたらし込む手練手管がぶち込まれた作品。染五郎(当時)と猿之助の「どうだ!」という声が聞こえてきそうだった。目一杯の歓声、手が痛くなるほどの拍手で、対応したかった。映画館では誰も笑わないし、掛け声も挙げない。もちろん拍手もなし。ああ、無念!それではチラシの表裏を以下に。

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ちょうど1年前、2017年8月に歌舞伎座で公開されたものの録画。『東海道中膝栗毛』シリーズ第二弾。ちょうどこの月、東京に行っていたのだけれど、歌舞伎はみなかった。歌舞伎会も退会してしまった。松竹が海老蔵を「野放し」にしているのが許せなかったから。でもね、やっぱりそれって「短気は損気」の見本だった。この作品はシネマ歌舞伎ではなく、実際の舞台で見るべきだった。染五郎、猿之助はいうにおよばず、まるで「総動員」の感のある若手の面々が水を得た魚のようだった。歌舞伎なんですよね、こういうはっちゃけ方。いつもの澤瀉屋の面々もノリにのっていた。そこに「蟷螂(かまきり)屋」の中車が参加すれば、「どこまでシャレのめすの?」の布陣。怪優、亀蔵もいい。ここに竹三郎、そして超若手の金太郎君と團子君が入る。この老若取り揃えた布陣がおかしい。

ずっと「わあー!」という叫び声を(心の中で)挙げていた。橋本治さんはこれをご覧になっただろうか?『大江戸歌舞伎はこんなもの』(筑摩書房、2001)を地で行っていますよね、この作品は。「大江戸歌舞伎」に先祖還りした歌舞伎作品ですよね。前回の「弥次喜多」も(ラスベガスでの「ルーレット」なんていう)思いつきっぽいモチーフをいっぱいぶち込んでいたけれど、今回のも同じ。ただ、もっと計算されたものになっていた。なんたって、「木挽町」は彼らの「住処」なんですから。どうとでも「料理」可能。計算、計略は仕放題。面白けりゃ、なんでも許される世界。

とはいえ、今回の第二弾は「通」のためのものかもしれないですね。歌舞伎に狂って幾星霜。なんか、これまでの自分の「歌舞伎人生」(大げさ)をおさらいさせられた気がしてしまった。若手の役者さんたちのセリフ、演技には、これまで見てきた役者たちのそれがかぶります。次から次へと炸裂する歌舞伎独自の演出に、これはあれ、あれはそれってうれしくなります。でも、それらがパロディにされちゃっているんです。おそらく90パーセントがその手のもの。だから、そもそも役者や演出法等に疎いと、面白さは半減、いや半々減するのでは。タイトルにある「謎解き」はそれを(こっそり)指していると理解するのは、うがち過ぎ?

「うがち」といえば、江戸の戯作の十八番だった。もちろん歌舞伎もうがちの精神に満ちている(はず)。昨今の「古典作品」化してしまった歌舞伎には遊びの精神が薄まってしまっている。コクーン歌舞伎、野田版などは、それを変えようとした実験だったんですよね。「弥次喜多」シリーズも、そういう実験に連なるもの。

それでは、配役一覧を「シネマ歌舞伎」サイトからお借りする。

配役

  • 弥次郎兵衛:市川 染五郎(現・松本 幸四郎)
  • 喜多八:市川 猿之助
  • 大道具伊兵衛:中村 勘九郎
  • 女医羽笠:中村 七之助
  • 座元釜桐座衛門:市川 中車
  • 天照大神:市川 笑也
  • 瀬之川伊之助:坂東 巳之助
  • 中山新五郎:坂東 新悟
  • 玩具の左七:大谷 廣太郎
  • 芳沢綾人:中村 隼人
  • 女房お蝶:中村 児太郎
  • 舞台番虎吉:中村 虎之介
  • 伊之助妹お園:片岡 千之助
  • 伊月梵太郎:松本 金太郎(現・市川 染五郎)
  • 五代政之助:市川 團子
  • 瀬之川亀松:中村 鶴松
  • 芳沢小歌:市川 弘太郎
  • 瀬之川如燕:市川 寿猿
  • 芳沢菖之助:澤村 宗之助
  • 芳沢琴五衛門:松本 錦吾
  • 若竹緑左衛門:市川 笑三郎
  • 同心古原仁三郎:市川 猿弥
  • 同心戸板雅楽之助:片岡 亀蔵
  • 鷲鼻少掾:市川 門之助
  • 関為三郎:坂東 竹三郎

※出演者名は上演当時の表記です。

冒頭、ラップが鳴り響く。もっとも劇中劇の「千本桜」は義太夫狂言なので、義太夫が付く。なんと太夫は門之助(役名鷲鼻少掾)、三味線が笑三郎。語りも三味線も実際にされていて、驚いた。二人とも本職はだし。芸達者ですね。

宙乗りで飛び去った前回作品での弥次、喜多の二人。馴染んだ木挽町に帰還するところから話が始まる。古巣に戻って浮かれた二人、ラップ音楽に乗っている。二人の前にはおなじみのシーンが。明日が初日ということで、ちょうど舞台稽古の最中。二人が黒衣のアルバイトをした前作と同じく、『義経千本桜』の「四の切」(「道行初音旅」通称「吉野山」)の場面。今回も二人は黒衣のバイトをすることになっている。二人が目撃したのは、老優二人、寿猿(如燕、以下カッコ内が役名)と竹三郎(関為三郎)の二人の罵り合い。如燕がセリフを覚えないと関為三郎が怒っている。

そして真打二人の登場。静を演じるのは(なんと!)巳之助(伊之助)。ことほど左様に、役者さんたちは実際の名前と近い役名にされている。巳之助氏、なんともおかしい。化粧が、立居振舞が、発声が。女方には見えない。顔もあえていかついところを「残して」いる。態度においておや。まるで男。そういや、巳之助が女方を演じるのは見たことがなかった。傲慢な伊之助に対し、静役の隼人ならぬ綾人は一歩も二歩も下がる感じ。あとでわかるのだけれど、伊之助は自分の持ち役だった忠信役を綾人に譲り、静御前を演じることになったという「設定」らしい。この二人の間の微妙な空気に、それぞれの部屋弟子たちはピリピリしている。そういえば、今年1月の浅草歌舞伎の「吉野山」では、隼人が忠信をやっていた。そもそも、劇中劇に「道行初音旅」を選んだのは演出の猿之助がもっとも頻繁に主役の忠信を演じた役だからに違いない。叔父の三代目猿之助も、生涯でもっともよく演じた役(だと思う)。

そういえば、巳之助も今年、昨年は逸見藤太を、一昨年には亀井六郎を「浅草歌舞伎」で演じているのだった。いわば、猿之助、巳之助、隼人にとっては自家薬籠中の作品ということになる。猿之助の「相棒」である染五郎にも「千本桜」は無縁ではない。「吉野山」の前の段、「渡海屋・大物浦」での「碇知盛」の場で、知盛が錨を体に巻きつけて大物浦から飛び降りる場面は、記憶に残る名演だった。

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おかしかったのは、「碇を出すのを忘れて関為三郎に叱られた」と猿之助が述懐するところ。「相棒」染五郎相棒の「大事」をこの扱いなんですよ。どこまでふざけてんだか。

そして、なんといっても児太郎!彼は以前に静御前も演じているけれど、この「弥次喜多」では座元、釜桐座衛門の女房のお蝶役。この探偵劇、お蝶こそが殺人事件の下手人で、実は化け猫だったというオチ。もちろん、歌舞伎の「実は」の世界を踏襲している。この化け猫、2年前に歌舞伎座にかかった新作歌舞伎『幻想神空海』で彼が演じた化け猫にかぶるんですよね。あのとき、児太郎の才能が並外れたものであることがわかり、衝撃を受けた。染五郎が主役、空海を張っていた。そういうご縁もあってのこの化け猫役?これ以上ない適役です。あの妖しさがこの「弥次喜多」でも遺憾なく発揮され、異次元空間を現出させていました。

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古畑任三郎ならぬ猿弥の同心、古原仁三郎もおかしい。亀蔵とのコンビもいい感じ。また、中車の釜桐座衛門もおかしい。メイクも振舞いもまるで異次元。昆虫界の住人なんですね。歌舞伎役者でありつつも別の種別の役者でもあり、そしてカマキリでもありと、いろいろな役を多層的にこなしている。怪優です。得難い役者です。

ご子息の團子君、滑舌がとてもいい。こちらはお父上と違いすっきりと歌舞伎風。もちろん相方の金太郎君もすっきり感が半端ない。父親二人が子息たちを「頼もしいぞ、息子よ!」と見ている感じも素敵だった。外国の劇では考えられない歌舞伎の醍醐味である。

いっとき、「大和屋」が舞台に「三角形」を作る箇所が。静役の竹三郎、忠信役の巳之助、そして義経役の新悟が三人揃った場。実際の舞台なら、「大和屋!」ってかけ声がかかったはず。巳之助の忠信がすばらしかった。まっとうに「忠信」であるという点では今までの忠信役者と同じ程度に。でもそれ以上にどう「下手」っぽく演じるかという点では新しい演じ方をしなくてはならない。この「駆け引き」というかバランスが秀逸だった。すごい役者です。

そうそう、新悟も児太郎と同様、新境地を拓いた感があった。若い燕役なんて、おかしくもぴったり。嬉々として演じていた。同心たちの詮議の間も、端っこに楚々として控えていながら、なんか存在感があったんですよね。進境著しいなって、思った。巳之助と仲いいんですよ、新悟氏は。

最後、劇中劇の中に「戻り」軍平になった猿之助と染五郎。第一作の終幕同様、宙乗りで消えて行く。この終わり方も良かった。お二人さん、この作品では若手たちに華をもたせたんですよね。次はどうなっているか。期待が高まる。