yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『マクベス』(Macbeth)@ Olivier Theatre, ナショナルシアター、ロンドン 6月20日マチネ

もとより観劇はあまりしないつもりでしたので、芝居、オペラ、バレエの予約は取っていません。とはいえ、せっかくのロンドン、もったいないですね。で、調べました。オペラハウスのバレエは『白鳥の湖』のみ。それも日本人バレーリーナが主演とわかってパス。オペラはいくつかあるので、来月の頭に『ドン・ジョバンニ』を見ることにしました。少し右手視界が遮られるStall席、60ポンドは破格値です。先程確保したところです。 

そもそもギリギリまでロンドンに来るかどうか迷っていました。だから、チケット予約なんてことは念頭にありませんでした。一応予定は立てたのですが、前もって予約はしなかった。こちらに来てからチケット探しをするのは大変だとは十分承知してはいたのですが。

この『マクベス』も公演前日に取ったものです。マチネとはいえ前から2列目、中央よりの席が15ポンド。「ホント?」って不安でしたが、やっぱりその位置でした。この日観客に高校生が多かった。私の周囲にもそれらしき若者が。もともとそういう人たちに割り当てられていた席だった?何人かが欠席だったので、私に幸運が回ってきたのかもしれません。

午後2時に始まり終わったのは5時。途中一回の幕間。15ポンドで文句は言えないのですが、途中で帰ろうかと思ったほど出来は悪かった。日本のある時期の小劇場を思わせるもの、つまり演出が陳腐。また装置も小劇場で見たようなもの。

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私はこのOlivier劇場では実際の舞台を見ていないものの、ナショナルシアター・ライブビューイングで『エンジェルス・イン・アメリカ』と『お気に召すまま』を見ています。

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いずれも素晴らしい舞台でした。この舞台に乗るというのは、レベルの高さが折り紙つきということ。それを期待していたので、かなり拍子抜けでした。昨年同じナショナルシアターのLyttelton Theatreで見た『ジェイン・エア』が素晴らしかったので、過度に期待したのかも。

いろいろ問題は多かったのですが、もっとも良くなかったのは、登場人物がまるで場末のチンピラにしか見えなかったこと。チンピラ間の抗争に見えるようではシェイクスピアが泣きます。衣装が酷かった。思いっきりくたびれ、垢にまみれたジーンズ、革ジャン、コート、Tシャツですからね、マクベスもマクベス夫人も。どこからどう見て、一国の領主に見えますか?この二人のみならず、登場人物が全て薄汚い。とりわけチンケだったのがダンカン。赤いスーツですよ。しかも役者はアル中オヤジのような品のなさ。こんなのを「3時間も見ていろ」っていうのは「責め苦」以外のなにものでもありません。

セットも良くなかった。第一幕はムシロ(実際は段ボール)で囲ったかのような「小部屋」を二つ舞台に出し、それが夫婦の寝室だったり、ダンカンの寝室だったりするのだけれど、あまりにも汚いので、お城とは到底思えません。また、傾斜をつけた小舞台を舞台中央に設置、そこが魔女の登場や、戦士たち登場の場としての役割を担っているんでしょうが、こういう工夫は陳腐。 

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時代背景はずっと新しい時代にずらしてはいるはず。とはいうもの、セットは王宮に思える造りでなくてはダメです。価値の転覆(そして回復)が『マクベス』のテーマの一つ。でもこんなんじゃ、そこまでして手に入れたい王位なのかって、納得できない。価値の転覆もあったもんじゃないです。

主演の役者は何度も賞を獲っている人たちだそうだけれど、二人の掛け合いはまるでその辺の長屋の夫婦の痴話喧嘩レベルの雰囲気。要望も立ち居振る舞いも。とにかく華がない、品位に劣る。素晴らしいシェイクスピアのセリフが下品なものに聞こえる!

思わず先日見た蜷川幸雄の『マクベス』と比べてしまいました。蜷川版の方がはるかに良かった。役者二人に華があったし、テーマもしっかり掴んでいました。さらに、宗教的な背景を日本に置き換えているのも、さすがの工夫でした。

「What’s On Stage」という劇評をまとめたサイトに入れば、この芝居の全体評がわかります。とにかく酷評のオンパレード。ごもっとも!

www.whatsonstage.com