yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

梅若実師の『菊慈童 遊舞之楽』 in「四世梅若実襲名披露京都公演」@京都観世会館6月2日

当日いただいたプログラムに、梅若実師の「解説」が載っていた。演じられる『菊慈童』は師自らアレンジされたものになっているとのこと。昨年7月に国立能楽堂で友枝昭世師シテで見ている。喜多流なので、『枕慈童』とタイトルは違っているけど、ほぼ同じもの。友枝師のものに比べるといささか短い気がしたのは、そのアレンジの所為なのかもしれない。

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舞台前正面に何本もの艶やかな菊の花が飾られている置台。さらに舞台の後方には慈童がそこから出てくる作り物の祠が。演目解説を「能.com」からお借りする。

中国、魏の文帝の治世に、酈縣山(れっけんざん/てっけんざん)の麓から霊水が湧き出たため、その源流を探るべく、勅使一行が派遣されました。勅使は山中に一軒の庵を見つけます。周辺を散策して様子を窺っていると、庵から、一人の風変わりな少年が現れました。勅使が怪しみ名を尋ねると、少年は、自分は慈童という者で、周の穆王(ぼくおう)に仕えたと教えます。周の穆王と言えば、七百年もの昔の時代です。勅使がますます怪しんで、化け物だろうと問い詰めると、慈童は、皇帝より直筆の二句(四句)の偈(経典の言葉)が入った枕を賜ったと言い、それを証拠として見せました。勅使もその有難さに感銘を受け、二人でその言葉を唱え味わうのでした。慈童は、自分が二句(四句)の偈を菊の葉に写したところ、そこに結ぶ露が不老不死の霊水となり、それを飲み続けたから七百歳にもなったのだと語り、喜びの楽を舞います。慈童は、その露の滴りが谷に淵を作り、霊水が湧いていると述べ、勅使らとともに霊水を酒として酌み交わします。そして帝に長寿を捧げ、末永い繁栄を祈念して、慈童は山中の仙家に帰っていきました。

ここにあるように、普通の能とは異なって、風変わりな内容である。でも「梅若実師襲名公演」にはいかにも相応しい。慈童が自身の出自を明らかにし、かつそれを保全するというのは、梅若実師の境涯と近いものを感じるから。読み込み過ぎでしょうか?「ダイジェストされた」という割には、実師の強い想いが響き渡っている感じがしたのも、思いすごしでしょうか?それにあの豪華な衣装!おそらくは梅若家伝来の古いものでしょう。非常に存在感がありました。それは先日録画で見た『大般若』の面にもいえるのですが。

気がかりだったのは実師の足元。きちんと舞われたのですが、それでも見ていてかなり気を遣いました。お弟子さんたちも同じ思いだったのでは?いつもとは違った緊張感で、終わった後手に汗をかいていました。 

昨年7月の友枝昭世師の『枕慈童』を見た折にも強く感じたことでもあるのだけれど、三島由紀夫の『邯鄲』が舞台に被ってしまった。今回は確信に近い。 

以下に演者一覧を。

 

シテ 慈童   梅若実
ワキ 勅使   福王茂十郎
ワキツレ 従臣 是川正彦
ワキツレ 従臣 中村宜成

 

大鼓  谷口正壽
小鼓  曽和正博
太鼓  前川光長
笛   杉市和

 

後見  角当行雄  梅若長左衛門  赤瀬雅則  

 

地謡 梅若紀彰 河村和重 浦田保親 林宗一郎 
    梅田嘉宏 樹下千慧 川口晃平 河本望

 チラシは以下。

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