yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

能にどっぷりと浸かった至福の6時間 「吉坂若葉会」@京都観世会館4月30日

小鼓方の吉坂一郎師の社中会。午前9時45分に始まり、終わりは午後5時半を回る長丁場。私はお昼過ぎにお邪魔した。能にまみれた、至福の時を過ごすことができた。感謝の言葉もない。

まず、小鼓の奏者である社中の方々のレベルがとても高かった。女性が多かったのだけれど、その中に交じった男性のレベルが特に高く、素人であることを忘れてしまうほどだった。

何よりもその方達をサポートする演者の面々のすごいこと!回数が多くはなかったけれど、金剛流の若手三人、金剛龍謹、宇高竜成、豊嶋晃嗣師の謡の朗々と力強いのに感動。「望月」が特に良かった。大鼓は谷口正壽、太鼓は前川光長、笛は森田保美の各師。

加えて、「京都観世会が総力を挙げて」って感じがするほど京都観世会が総出。シテ方競演の様相を呈していた。単独の謡(独吟?)を聴く機会があまりなかったシテの方々のすごさを思い知った。九郎右衛門師、味方玄師の謡は聴く機会が多かったので、そのすごさは確認済み(?)ではあったのだけど、改めて河村ファミリー、浦田ファミリー、大江ファミリー(失礼!)のレベルの高さを噛み締めていた。以下にこの日のプログラムをアップしておく。


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味方玄師の舞囃子「羽衣」。小鼓、田中晴彦さん、大鼓、河村大師、太鼓前川光長師、笛、森田保美師。地謡がこれまたすごい。九郎右衛門、河村晴道、吉浪壽晃の各師。

能の『羽衣』は何回か見ている。もちろん面を付けたもの。でも今回の玄師のものは格が違っていた。あの結構長い舞い部分を抜き取って舞囃子にしているのだけれど、そこに実際の天女がいるような、そんな感じが伝わってきた。幻想の現前。そしてその天女が悲しげに天を仰ぐさまに思わず涙してしまった。面を付けずに舞う舞囃子。面を付けたときに演者がどのような表情をしているのかが分かる。それを確認できるのも舞囃子の醍醐味かもしれない。

河村和重師の「三輪」。小鼓、加藤由紀子師、大鼓、河村大師、太鼓、前川光範師、笛、左鴻泰弘師。和重師の謡の声の奥行き、豊かさに圧倒された。「三輪」の舞囃子を最初に聞いたのは味方玄師の東京での社中会でだった。まるで神楽のようなメロディーと悠然とした舞いに陶然とした。地謡が九郎右衛門、味方玄、林宗一郎の各師。

盲目の俊徳丸の嘆きを真に迫った舞いと謡で魅せてくださった九郎右衛門師の「弱法師」。杖を落として倒れこむところは、迫真の演技。切々とその哀しみ、苦しみがこちらの胸に迫る。でもあざとさはまったくない。自然体の演技。すごいものを見てしまった!小鼓、中島佳子さん、大鼓、河村大師、笛、森田保美師。地謡は浦田保親、河村和重、河村晴道の各師。

林宗一郎師の「養老」もダイナミックな所作が決まっていて、見ごたえ十分だった。山の神の勇猛と共に品格も表現しなくてはならない舞囃子。ワクワクしながら見ほれていた。小鼓、森田佳奈さん、大鼓、谷口正壽師、太鼓、前川光範師、笛、左鴻泰弘師という勢いのある面々。聞きほれた。

京都観世の主要演者が勢揃いしている感のあった「社中会」。「いったい、こんな贅沢が赦されていいのかしらん?」と、humbleな思いに満たされた。充実した6時間だった。

吉坂一郎師、ありがとうございました!

<追記>
蛇足のようなもので失礼します。『osakawebmagazine』掲載の「TTR能プロジェクト」成田達志師へのインタビューがとても興味深かった。成田師ご本人は小鼓方なので、この社中会には出ておられないけれど、吉坂師とも仲が良いそう。吉坂一郎師と成田達志師、それに曽和正博師との京都能楽養成会での小鼓方の交流のさま、他のお囃子方との交流の様子、さらにはシテ方の片山九郎右衛門師、味方玄師との交歓のさまが生き生きと伝わってくる記事だった。最高峰の師匠達、そこに学ぶお弟子さん達も互いに切磋琢磨されて腕を磨く。京都の能楽がなぜあのように優れているのかが、少しはわかった気がした。