yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

味方玄、味方團両師の仕舞にほんわかした「青嶂会」(社中会)@京都観世会館 4月15日

去年は東京と京都で拝見させていただいた「青嶂会」。昨日の青嶂会もその多彩さが光っていたし、お弟子さんたちがみなさん優秀なのに感心した。弟子見れば師匠の力量がわかるというのは、どの稽古にもいえるのかもしれない。和気藹々とした雰囲気も去年同様だった。異分子の私でも「堂々と」見ていることができた。社中会は本当に勉強になるので、できるだけ多く「参加」させていただいている。無料なので、申し訳なく、またありがたい。

この日は午前9時始まりの午後6時40分終了。きっちりと最後のお二人の「主催者」の仕舞を拝見しようと、この日は午後2時から参加。先週林宗一郎師の社中会を体調不良で途中で抜けざるを得なくて、番組最後の林宗一郎師の仕舞を見逃してしまったので、この日は用心した。

予想通りお三方(味方玄師は味方梓さんとご一緒に舞われた)とも、とても美しい舞いだった。

團師は「杜若」を舞われた。これ、好きなんですよね。それこそ社中会で拝見している。あのまるで巫女が舞っているような調べ、敬虔な気持ちと共にウキウキ感が湧き上がってくる。気づいたこと。團師の舞いが林宗一郎師ととても似ていること。滑らかで優雅な中に、キリッと折り目正しい。そしてその「キリッ」が滑らかな所作に点を打ち付けてゆくところ。とても似ておられて、「林喜右衛門に師事」というのがくっきり、はっきり目立っていた。最後にまるで杜若の精そのもに化身されたかのようだった。平安朝語で表現するなら「いとをかし」。


玄師と梓さんは「東方朔」を舞われた。私はこの能舞台を見ていないので、推測するしかないけれど、玄師は後シテの東方朔を、梓さんは後ツレの西王母ということ?二人の舞い、呼吸を合わせながらも手の動きが微妙に違っているところに、男性 vs. 女性を対照させていたのかな?なんせ、当方、こういうのに弱いんです。終始ニヤニヤ、ニマニマして口元、目元がほころんでしまう。もちろん両方すばらしい一級の舞いであったはずなのだけど、それよりもほのぼの感に溺れていた。失礼。