yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

味方玄師の謡と斉藤由織氏のコラボ「謡と朗読で聴く平家物語」夜の部@清澄庭園 大正記念館

東京にやってきたメインな目的が味方玄師の謡を聴くことだった。『平家物語』に多くを採った能楽。その中から「俊寛」と「屋島」を取り上げていた。まず、斉藤由織さんによる平家の原文とその現代語訳の朗読。そして味方玄師の謡が続く。交互にこれが繰り返された。素敵なコラボレーションだった。

脚本と構成を担当されたのは味方玄師のお弟子さんでコピーライターの永田千絵さん。朗読と謡とが見事に絡み合って、平家の世界が立ち上がってきていた。こういう試みがもっとあってもいいのにと思った。朗読と能のコラボは昨年復曲能『碁』を見ているが、これは能と朗読がそれぞれ独立させられていた。それよりも今回のような朗読と謡との交互の掛け合いの方がずっと面白かった。椅子が二脚置かれただけの簡素な、そして狭い舞台空間。そこに平家の公達たちが生き返ってきているような、そんな雰囲気が生まれていた。舞台終了後に永田千絵さんからこの企画が生まれた経緯の説明があり、興味深く聞いた。教育の場でも使える企画だと思う。日本の小中高の国語教育の中に組み込んだら、日本の宝である古典に子供の頃から馴染む人が増えるに違いない。現状は惨憺たるものだから。脱線失礼。

さて、「俊寛」。能の『俊寛』はまさに味方玄師シテで昨年の「テアトル・ノウ」(於京都観世会館)で見ている。現代的な解釈な能だと感じたのだけれど、考えてみればこの作品自体が現代的といえるかもしれない。自己を犠牲にして成経の妻千鳥を船に乗せた歌舞伎版『俊寛』(平家女護島)の俊寛僧都となんという違い。「自己犠牲を謳う」ことで万人受けを狙ったのが歌舞伎版だとすれば、能の方はまるで不条理劇のよう。観世元雅作といわれているのも頷ける。

この日の朗読では「俊寛が他の二人(康頼と成経)に比して傲慢で不信心だったがための当然の帰結」というほのめかしが入っていたけれど、そこを強調するのは能の『俊寛』の不条理性を殺いでしまうのでは?能で俊寛が最初に手桶を下げて登場するときのあの雰囲気は世俗を超えた孤高の人という趣き。そんな人が最後には取り乱し、出航する船のトモ綱にすがりついて喚くところが最大の「見せ場」になっている。ギャップが不条理を際立たせている。

俊寛の悲惨さを描写する地謡部が以下。

待てよ待てよといふ声も。姿も。次第に遠ざかる沖つ波の。
幽なる声絶えて船影も人影も 消えて見えずなりにけり 跡消えて見えずなりにけり。

この地謡の部分も味方玄師が謡ってくださった。俊寛の悲劇への決定打に聞こえた。

コラボの二つ目は「屋島」。これは味方玄師主催の次回「テアトル・ノウ」(5月12日於宝生能楽堂 )で披露されるもの。以下がその詳細。

能『屋島』 味方玄 武田祥照 宝生欣哉 野村萬斎
 笛 杉信太朗 小鼓 成田達志 大鼓 亀井広忠
 地頭 片山九郎右衛門

「勝浦・嗣信最期・那須与一・弓流」となが〜い小書きが付く。以前に演じられた時の舞台写真がいただいたパンフレットに載っていたのだけれど、加えてハイライト部を舞台で舞ってくださったので狭い舞台が屋島の合戦場になったかのよう。玄師が跳び上がってくるっと回るところは特にそう。また義経が弓を海上に落とす場面は扇を弓に見立てたもので、こちらも眼前にその光景が開いたかのよう。舞台との距離は2メートルばかり。いわば目前。そこで繰り広げられる情景は、臨場感たっぷりだった。

そういえば3月観劇予定に入れていてみることのできたのはこの「謡と朗読で聴く平家物語」と国立劇場の歌舞伎のみ。インフルエンザで体調を崩してしまった後遺症が響いた。とはいえ、「謡と朗読で聴く平家物語」を体験できたことで、それをカバーできた気がする。