yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

味方玄師シテの『白髭』in 「京都観世会1月例会、『曲舞から能へ』」 @京都観世会館1月27日

この能を見れて良かった!一つの事件に立ち会った気がした。能が能として成立、発展する過程を確認できるこの作品。それが、今、この瞬間に開示された。そんな感を持った。この能が現在の形になるまでの歴史を反芻させてもらった。楽しかった。黎明期の能の形、そしてそれがどう展開していったのか確認できた。これを味方玄さんのシテで観劇できたのは、幸運だった。

大和猿楽一座の棟梁だった観阿弥が曲舞を取り入れて書いたとされている『白髭』。それが後世になるに従って、何人かの作者、それも世阿弥以降の人の手を取り入れながら今の形になったという解説。それが腑に落ちるところが多々あった。特に龍神やら天女まで登場する賑やかな後半部。「なに、この過剰!」って心の裡で叫んでいた。

演能の前に河村晴久氏の解説があった。題して、「観阿弥の達成」。それは以下の2014年に京都造形芸術大学主催のこの演目についてのシンポジウムが下敷きになっていると思われるので、引用させていただく。その時に『白髭』を舞われたのが片山九郎右衛門師。

日本の代表的古典芸能の能は、いつ、どのようにして形成されたのか。この問題をめぐって重ねられた研究成果を、シンポジウムと実演で公開する。能に「曲舞(くせまい)」を取り入れ、革命をもたらした観阿弥(かんあみ)。応安7年(1374)、12歳の嗣子・世阿弥(ぜあみ)とともに催した今熊野猿楽(いまぐまのさるがく)と同時期に制作された「白髭(しらひげ)の曲舞」を取り上げ、観阿弥の「曲舞」とはどのようなものだったのかを検討し、能役者による再現を通して能の形成について考える。

前半部と後半部の乖離が半端なかった。それが楽しく、また興味深かった。前半はいかにも能!っていう感じで、玄さんの静かな舞姿が際立つ。ほとんど静止している場もいくつかあったのだけど、その立ち姿に演者の力量が現れる。力量というようりエネルギーの総量、それも魂のレベルのもの。演者を選ぶ能だと思った。淡々と、でも優雅に身体を運ぶ玄さん。見惚れてしまう。

後半はそれとは対照的に賑やか。白髭神のシテはおっとりと佇んでいるのに、競うように登場した天女、龍神の派手さ。特に橋本茂樹さんの龍神の過激な動き、見事だった。この激しさが白髭神の静かさと強烈に対比されている。でもあとで「継ぎ足した」感があるところが、なんか可笑しい。最初の形に満足できなかった後世の人が書き足した?そんな想像をしてしまう過剰さだった。でもこういうのも好き。

では当日の演者一覧を以下に。

シテ 漁翁/白髭明神   味方玄
シテツレ 漁夫      大江広祐
シテツレ 天女      河村浩太郎
シテツレ 龍神      橋本茂樹
ワキ 臣下        有松遼一
従臣           岡充
従臣           原陸
アイ 末社の神      島田洋海

大鼓   河村大
小鼓   林大和
笛    杉信太朗
太鼓   井上敬介

後見   片山九郎右衛門  林宗一郎

地謡   河村和晃 宮本茂樹 深野貴彦 田茂井廣道
     分林道治 河村晴道 河村和重 吉浪嘉晃