yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

菊之助は歌舞伎界のエトワール?『世界花小栗判官』@国立劇場1月12日

11日から12日にかけて東京で歌舞伎観劇。歌舞伎座の昼の部、浅草の昼夜、そして国立劇場の歌舞伎と4公演を見てきたが、最も充実していて、「これぞ歌舞伎!」という充足感を味わわせてくれたのがこの『世界花小栗判官』だった。

遅刻をして発端を見逃し、臍を噛んでいるところ。複雑に込み入った人間関係と筋なので、イヤホンガイドのお世話になるべきだったと、こちらも後悔。これから観劇の方は借りることをお薦めする。複雑さにおいては『八犬伝』に匹敵するかもしれない。筋書を買い求めておいて良かった。とくに文芸部による「補綴のことば」が参考になる。「補綴」というよりむしろ創作に近い作業がいかに行われたか、それがどれほどの苦労だったかがよくわかる。国立劇場サイト(このサイトも非常によくできている)の解説にもあるけれど、主たるソースは説経節。読んでわかる通り、口頭で伝えられてきているので、きちんとしたテクストが残っているわけではない。その。説経節をもとに書かれた歌舞伎台本、脚本のいくつかを参照しつつ、国立劇場はじめ池田文庫等の文献を当たって、やっとこの形になった。もちろん当代猿之助が2011年に演じた『當世流小栗判官』(@新橋演舞場)も参考にしたとのこと。

最も感心したのはいわば「サガsaga」特有の筋、人物関係の複雑さと広がりをコンパクトにまとめていることだった。大筋と枝筋との均衡を図り、なおかつリーズニングができるようにしなくてはならない。その上で歌舞伎らしい見せ場も作らなくてはならない。全体像だけでなく細部の繋がりがどうなっているかを観客に解ってもらうことと、歌舞伎らしい華やかさで観客を楽しませることを両立させなくてはならないという大変な作業。

こういう「作業」は極めてモダンなもの。まさに当世流。というのも昔の歌舞伎なら、リーズニングはある程度無視して、歌舞伎の華麗さに重点をおく傾向があるから。こちらの『世界花小栗判官』はリーズニングがしっかりしていて、昔の歌舞伎にありがちな筋の破綻はなかった。華やかさを前面に出すためある程度リーズニングを犠牲にする。こういうのもそれはそれで歌舞伎らしくて面白いのだけれど、現代の観客にはやっぱりリーズニングをしっかりしておく方が親切。こういうのを目撃させられると、国立劇場があって良かった、そこに優れた文芸部が付属していて、優秀でセンスのいいスタッフが揃っていて良かったってしみじみ思う。

以下がその優秀なスタッフが書き下ろしてくれた解説。

中世以降語り継がれてきた「小栗判官(おぐりはんがん)」伝説。語り物の源流と言われ、近世初頭にかけて流行した芸能「説経節(せっきょうぶし)」の中に取り入れられ、すれ違いを繰り返しながら艱難辛苦を乗り越える小栗判官と恋人の照手姫(てるてひめ)の物語が、各地の寺社の縁起や霊験譚を絡めながら形成され、広く親しまれるようになりました。

その後、歌舞伎や人形浄瑠璃とも結びつき、時代時代の環境や好みに合わせて様々に脚色され、「小栗物」と呼ばれる系統を生みました。「小栗物」の歌舞伎作品の決定版と言われているのが『姫競双葉絵草紙(ひめくらべふたばえぞうし)』です。現存する資料によると、寛政12年(1800)9月大坂・角の芝居が最古の上演記録ですが、幕末・明治期の上方では、二の替り(初春興行)の定番作品として頻繁に上演されていました。先行作品の趣向や設定を巧みに取り入れながら、善悪個性豊かな登場人物を配し、四季の移ろいを織り交ぜ、波瀾に富んだ展開で、物語を構成しています。

平成30年の幕開けを飾る国立劇場初芝居では、『姫競双葉絵草紙』を新たに補綴し、全体のテンポアップを図ると共に、面白い趣向や演出を工夫して上演します。

菊之助のことを「歌舞伎界のエトワール」と、私より後に観劇した連れ合いがメールしてきた。言い得て妙だと感心。早速使わせていただく。プリンスではなくエトワールですからね。彼の今の立ち位置がよく表現されている。この舞台の菊之助には唸りっぱなしだった。以前に見た『合邦』での玉手御前の演技にも唸らされたけれど、今回はそれ以上。しかも立ちでこのレベルですからね。何度も見たいけれど、東京在住でないのでそれは無理。しかも今回の東京行きは体調が悪いのを押してのもので、かなりしんどかった。ダブリンに今日から行っているはずだったのだけれど、体力に自信がなくキャンセル。今月の歌舞伎観劇は「小栗判官」の舞台一本に絞り、せめて二度見るべきだったかも。

役者が揃っていた。菊五郎はもちろんのこと、二役の時蔵が良かった、特に娘を殺す愁嘆場。それこそ「合邦」を連想してしまった。梅枝も力演。右近は可愛さ三割増っていう風情。先月に続いて松緑もさすがの安定感。菊五郎劇団の意気のほどがしっかりと窺えた舞台だった。