yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』@シネリーブル神戸 12月30日

秀逸な作品。「パリ・オペラ座」という怪物に対峙し、なんとか手懐ける方法を見つけ出すというのは至難の技だと思う。でもそれを今までの「パリ・オペラ座」を扱ったドキュメンタリー作品とは異なった手法でやり遂げたのはみごと。散漫な印象がするのは、一つのテーマの下、ストーリーを紡ぎあげるのをあえて避けたためだろう。いわば大文字の「パリ・オペラ座」を造り上げるのを潔しとはしなかったということ。その意味でこの作品はドキュメンタリーとしても異色かもしれない。

「散漫」といったけれど、それは全体像を一つのテーマでまとめるのをあえて避けたから。その中にも重点を置くところはいくつかあった。例えば「期待の新星」とされるミハイル・ティモシェンコの採用からリサイタルまでを追っているところ。才能が見出され、花開かせる過程を描いているのだが、それはパリ・オペラ座の歴史の中で何百、否何千と生み出されてきたドラマだろう。

もう一つの例はなんといってもバンジャマン・ミルピエを巡るドラマ。芸術監督として嘱望されていたのに、突然辞めてしまう。その前後のパリ・オペラ座内部の騒動と対処のサマがリアルである。以前に公開されたドキュメンタリー映画、『ミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男』(2016)と付き合わせて見てみると面白い。この傑出した才能が組織の中に収まりきれなかったのが、なんとなくわかる気がするのが不思議。パリ・オペラ座という怪物に(無謀にも)挑んだ騎士(?)姿を通して、オペラ座の実態が透けて見えている。特にあの会見に。逆にいえば、これを公にすることを「許した」パリ・オペラ座の懐の深さと「怖ろしさ」も垣間見えた気がする。

ギャガサイトからの映画情報が以下。

監督:ジャン=ステファヌ・ブロン
出演:・ステファン・リスナー(オペラ座総裁)、バンジャマン・ミルピエ(芸術監督)、オレリー・デュポン(芸術監督)フィリップ・ジョルダン(音楽監督)、ロメオ・カステルッチ(オペラ演出)、ブリン・ターフェルバリトン)、ヨナス・カウフマンテノール)、オルガ・ペレチャッコ(ソプラノ)、ミヒャエル・クプファー=ラデツキー(バリトン)、ジェラルド・フィンリー(バリトン)、ミハイル・ティモシェンコ(期待の新星)
原題:The Paris Opera /2017/フランス/カラー/110分/字幕翻訳:古田由紀子/字幕監修:堀内修
配給:ギャガ

さらに以下が、ギャガにアップされた作品内容。余すことなくこの作品の魅力が描かれている。

フランスが誇る芸術の殿堂パリ・オペラ座は迷っていた。 ルイ14世の時代から350年以上にわたり、オペラやバレエにおいて世界トップレベルの伝統を維持してきたが、時代の波はそんな彼らにも容赦なく押し寄せる。世の中や観客の変化に伴い、オペラ座はどうその姿を変えるのか。選ぶべきは、由緒ある歴史の継承か、時代を牽引するリーダーシップか。さらに史上最年少でバレエ団芸術監督に大抜擢され、“ナタリー・ポートマンの夫”としても注目を集めていたバンジャマン・ミルピエの1年半での電撃退任と、カリスマ・エトワール:オレリー・デュポン就任というマスコミをも巻き込んだ大騒動。そして2015年11月、パリの劇場が襲撃された同時多発テロ。混迷を極めた今の時代に、彼らは自問し続ける。「今、オペラ座に求められるものは何なのか──?」 パリ・オペラ座公式プロデュース作品となる本作は、劇場の聖域に入ることが許されたカメラが、波乱に満ちた時代の転換期を、舞台の表と裏から鮮やかに、そして観客が予想するより遥かにコミカルに映し出す。世界最高のバレエダンサーやオペラ歌手の類い稀な才能やパフォーマンスだけではなく、華やかな新シーズン開幕の舞台裏、経営陣の苦悩、公演2日前の主役降板劇に奔走するスタッフ、オーディションでの新しい天才の誕生、次世代へとつなげる子供たちの育成プログラム、そして衣裳係、清掃係の細やかな表情まで、劇場に関わるすべての人々を温かい眼差しで描きあげた本作は、2017年モスクワ国際映画祭にてドキュメンタリー映画賞を受賞、本国フランスではオペラ座を描くドキュメンタリー映画史上最高の動員記録を樹立した。 世界屈指の伝統と努力に支えられた至福のパフォーマンスに酔いしれる贅沢。そして、世紀の瞬間と劇的な人間ドラマを目の当たりにする興奮。あふれる芸術愛と人間愛に満たされる、かつてない劇場体験がここにある──。

それにしてもMETと張り合うパリ・オペラ座の底力というか矜持というか、ものすごいものを見てしまったというのが正直な感想。資金では負けているだろうけど、でも芸術のレベルでは同格、それ以上だというのを「見せつけて」くれる。