yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『ジェーン・エア』Jane Eyre@ Lyttelton Theatre、National Theatre, London

劇評の点数が高かったので、ロンドン滞在の最終観劇にこれを選んだ。National Theatreの一番大きな劇場での公演、かつマチネだというのも理由だった。公式サイトをリンクしておく。

シャーロット・ブロンテ作、同タイトルの小説(1847)の舞台化。原作からほぼそのまま採られていたセリフ、ところどころ膨らませられていた。それは主人公のジェーンのキャラクターを強調するところ。彼女のプライドの高さ、反骨精神を強調する場面ではかなり筆が加えられていた。他人物のキャラクター設定、その配置も、ひたすらジェーンの内面を明らかにするところに重点が置かれていた。おそらく心理劇、それもサイコアナリティカル的な処理の仕方のそれを目指していたのだろう。そのジェーンの内面を掘り下げることで、彼女と彼女が対峙する社会との軋轢がより鮮明に浮かびあがる。

この小説を選んだこと自体が「保守的」ではあるんだけど、その保守性をいかにして先鋭的にするのか、かなり工夫が凝らされていた。

まず俳優は楽団担当を入れて10人のみ。一人何役も演じることになる。これは面白い工夫だった。

さらに、エリザベス朝演劇もどきの「楽団」が採用されていたのも斬新な工夫。楽団にはにジェーンの内面を謳いあげる女性歌手が配されていて、ソロで歌ったり、楽団員と合唱したりしていた。彼女のソプラノの澄んだ歌声は、オラトリオ劇のそれを思わせる。楽団の演奏する音楽もオラトリオのものに近かった。この設定自体、能の地謡、あるいはギリシア悲劇でのコロスを連想させるものだった。

さらなる工夫は舞台の設営にも。芝居が始まる前に写真を撮ったのだけど、それを以下にアップしておく。


非常に斬新な舞台設営。ここにもエリザベス朝演劇の舞台が採り入れられていた。エリザベス朝演劇の舞台はちょうど能舞台がそうであるように、前へせり出していて、周りを客に囲まれる感じになる。それを普通の横長の舞台に取り込むのは無理があるので、こういう設営になったのだと思う。何年か前に見た歌舞伎の『GOEMON』の舞台設営を思い出した。舞台の三次元化とでもいおうか。特に縦の立体を強調しているのが、面白かった。

この立体的に組まれた装置は幕を省くのに使われる。つまり時間を空間に「直す」のに有効な働きをしていた。時間経過は登場人物のセリフで語られる部分もあったけれど、それと同程度、立体的装置の内外、上下の空間移動によって示される仕掛け。これ、既視感が。『GOEMON』もそうなんだけど、串田和美演出の歌舞伎劇に共通するものがあった。そういや、串田さん、ロンドンにしばらくおられたんですよね。真似をしたというより、世界のどこにいても、似たような仕掛けを思いつくウェーブが生まれているんだろう。

もう一つの「斬新な」演出上の工夫は、衣装替えの方法。衣装はほとんど舞台上で替えられる。大仰なものではないのだけれど、おそらく今までになかった演出。ちょっとぎょっとしたりして。でも面白かった。一人が何役もやるので、その度に衣装、髭、ターバン/帽子が替わる。先日見た『ジキル博士とハイド氏』にも少しはあった演出だけど、こちらの方がずっと確信犯。バックステージっていうのは普通隠す場であるところをあからさまにすることで、役者が何役もやりつつ、依然として役者本人であることを、観客に視覚的に確認させる仕掛け。

ジェーン像は原作にほぼ忠実ではあったけど、そこからハーレクイン的なメロドラマ要素を捨象し、もっと醒めた人物に造型していた。原作の過度なマゾヒズムは結構ハーレクイン的で、私は嫌いではないのだけれど、こちらはそれがだいぶん減じていた。セリフも原作の書かれた19世紀半ば当時のものとは、かなり現代調に設えられていた?

以下にこの日のディレクターをはじめとするスタッフを。

Director: Sally Cookson
Dramaturg: Mike Akers
Set Designer: Michael Vale
Costume Designer: Katie Sykes
Lighting Designer: Aideen Malone
Music: Benji Bower
Sound Designer: Dominic Bilkey
Movement: Dan Canham

さらに以下に総勢たった十人のキャストを。

Jane: Nadia Clifford
Rochester : Tim Delap
Helen/Adele/Diana Rivers/ Grace Poole/ Abbot: Hannah Bristow
Musician: Matthew Churcher
Musician: Alex Heane
Bertha Mason: Melanie Marshall
Bessie/ Blanche Ingram/ St. John: Evelyn Miller
Mr. Brockhurst/ Oilot/ Mason: Paul Mundell
Musician: David Ridley
Mrs. Reed/ Mrs. Fairfax: Lynda Rooke

とにかく、女優陣が良かった!

ジェーンを演じたNadia Cliffordはイメージにぴったり。非常にアーティキュレーションの明瞭な役者さん。前から2列目で見たので、時々目が合った(?)けれど、相手を鋭く見つめる目が印象的だった。何役もこなしたHannah Bristowも可憐な役がぴったり。こちらも何役を見事に区別して演じたLynda Rookeにも強靭な女優魂を感じた。

男優も良かった。Rochesterを演じたTim Delapはもちろんのこと、何役も課され、犬までやらされた(!?)Paul Mundellが特に光っていた。最も運動量が多かったと思う。

最後のシーンでは思わず泣いてしまたけど、どういう演出だったかは、近いうちに公開されるであろう「ナショナルシアター・ライヴ」でご確認ください。

この日の芝居の始まる前のロビーの光景。