yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『レイチェル』(原題My Cousin Rachel (2017)

BA(ブリティッシュ・エアウェイズ)の成田発ロンドン行きのフライトで見た映画。日本ではまだ公開されていない?JALとBAの共同運航の場合、 JALが「主」の時には機内上映の映画のレベルが高いのだけど、今回はBAが主になっていたので、映画には期待していなかった。ところが、すでに記事にした『イミテーション・ゲーム』も良い作品だったし、この『レイチェル』もレベルが高かった。

映画サイトからレイチェルの写真をお借りする。

原作は『レベッカ』の作者、ダフネ・デュ・モーリア(Daphne du Maurier)。こちらは原作を読んでいないのだけど、映画で見る限り、雰囲気は『レベッカ』と似ている。以下にあらすじを。ネタバレあり。

舞台は英国コーンウォール地方。主人公のフィリップは学業を終えたばかりの若い男。幼い頃に両親を亡くし、年がずっと上の従兄弟、アンブローズにコーンウォールで育てられた。アンブローズはコーンウォールに居を構える領主だったのだが、フィリップが手もとから離れてからはイタリアに住んでいた。その父代わりのアンブロースから、イタリアで結婚したとの知らせが届いた。イタリア育ちのイギリス人女性だという。

しばらく便りがないと心配していたら、次に届いたのはアンブローズの訃報だった。驚いたフィリップはアンブローズが住んでいたフィレンツェに駆けつけるが、すでに従兄弟は埋葬されていた。妻だった女性も旅に出たと聞かされ、仕方なくイギリスに帰ってくる。フィリップの代理人であり名付け親でもあるニック・ケンダル弁護士によると、アンブローズの遺産は彼の遺言ですべてフィリップに遺されたという。

ところが彼の帰国から程なくして、アンブローズの妻、レイチェルからそちらに行くとの手紙が届く。身構えるフィリップ。というのもアンブローズからの手紙に「妻に毒殺される」との記載があったから。

ここからが一挙にサスペンス度が高まる。到着しても二人はなかなか直接「対決」するところにはならない。フィリップと一体化した観客も焦らされる。焦らされる。

どんな夜叉がやってくるのか、なんとかして化けの皮をはがしてやりたいと待ち構えるフィリップの前に現れたのは美しい、しとやかな女性だった。未亡人らしく上から下まで黒の装いでも、そこから抗しがたい愛嬌がこぼれ出る。なんとも魅力的な女性だった。

二人が初めて出会う場面は、とても上手く作られている。これだけでもこの映画は良品だといえるかも。特にレイチェルの部屋を訪れたとき、お茶をすすめられるところ。このお茶がキーになっている。カップを持つレイチェルの手が微妙に震えカタカタと音を立てるところ、ゾクゾクする。

ここから二人の「駆け引き」が始まる。どんどんレイチェルの魅力・魔力にはまってゆくフィリップ。自分でもどうしようもない。

25歳の誕生日をもってフィリップに領地と家を相続させるというアンブローズの遺言があった。ところがフィリップは、ケンダル弁護士の反対を押し切って全財産をレイチェルに譲ることにする。ケンダル弁護士の娘のルイーズと彼とは幼なじみで、将来は結婚すると周囲に思われていたのに、彼女もフィリップを止めることができない。この間の三者の関係もうまく描けていた。

レイチェルの魅力に抗えず、ついにフィリップは彼女と関係を持つ。まるでロミオがジュリエットの部屋に忍び込むシーンを再演するかのように、伊達男を演じて。

召使いも、領民をも魅力で虜にしてしまったレイチェル。そんな彼女に疑いを抱くようになったきっかけは、彼女の友人としてイタリアからやってきた招かざる客、アダムという男だった。アンブローズとも友人だったというのだが、フィリップは最初から胡散臭い男だと認識していた。

フィリップの25歳を祝う大宴会から、彼の体調が悪くなる。薬だといってレイチェルが煎じて彼に飲ませたお茶が原因では?一挙にサスペンスの雰囲気になる。少し良くなりかけると、レイチェルの動向が気になり彼女が街に出かけるのをつける。そして彼女があのアダムとキスをする場面を目撃。疑いは確信に変わる。アンブローズが毒殺されたように、自分も彼女に毒殺されそうになっているのだと。

彼女と対決するが、うまく話をはぐらかされ、いよいよもって疑惑は深まる。彼女が馬で出かけるというので、彼は崖に行って、アザラシの子供を見たらと勧める。二人はそれまで何度も馬で遠出をしていた。また野外で関係も持ったりもしていた。崖を勧めたのは、彼が以前、そこから落ちたことがあったから。

レイチェルを崖に行かせたフィリップは、看病に来ていたルイーズをせきたててレイチェルの持ち物の中に毒薬がないかどうかを探す。ルイーズはレイチェルとアダムが恋人同士ではありえないという。なぜならアダムは男のみを好きだからと告げる。衝撃を受けるフィリップ。大急ぎで支度して馬を崖に走らせる。彼が見出したのは崖下に横たわるレイチェルの死骸だった。

それから何年か後、ルイーズと結婚し子供も設けたフィリップとその一家が馬車に揺られて領地を行く。謎は解けないまま、彼は歳を食った。一体レイチェルとは何者だったのか?

以下に主要人物と配役を。

フィリップ・アシュリー  サム・クラフリン
レイチェル・コリンズ・アシュリー  レイチェル・ワイズ
ニック・ケンダル弁護士  イアン・グレン
ルイーズ ニックの娘  ホリデイ・グレインジャー
ヒューバート・パスコー牧師 アンドリュー・ハヴィル
パスコー夫人  ヴィッキー・ペッパーダイン

レイチェルを演じたレイチェル・ワイズが光っていた。フィリップを演じたサム・クラフリンはレイチェル・ワイズと比べるとどうしても見劣りがして、互角には見えなかった。とことん軽い感じで、こういう複雑な役を演じるのは無理だと思った。舞台出身の役者を起用した方がよかったのでは。

すでに死亡した人間がサスペンスの鍵になっているのは『レベッカ』と同じ。ここではアンブローズということになる。また最大の共通点は語り手が主人公であること。語り手の「操作」が入っている可能性を見ながら、読んだり観たりしなくてはならない。

持てる者と持たざる者との間の階級間の軋轢を描いているところも同じ。騙した側と騙された側との「転覆」が起きるのも同じ。作者が意図的に隠したところを、読者(観客)に謎解きをさせるのも同じ。でもなんと言っても、謎が謎のままで終わり、いずれの作品も、後日談に出てくる「当事者」たちがごくごく平凡な者に「格下げ」されているのが共通しており、そこがもっとも「怖しい」といえるのかもしれない。しかもその格下げも語り手の語り=主観の中にはめ込まれているので、解釈は私たちの側に丸投げされているわけ。

それと、コーンウォール地方というのはいわゆるハーレクイン物の舞台になっていることも多く、それだけで英米の人には謎めいたロマンス、サスペンスのイメージが湧き上がる地域。『レベッカ』でのマンダレイも地霊がある場所として設定されていたけれど、コーンウォールにもそういうニュアンスがある。映画ではそれがかなり減じていて、「真昼間」の感じ。もっと「うす闇」的画面作りをしたほうが、サスペンスロマンの度合いがアップしたように思う。