yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

片山九郎右衛門師の舞う能『養老・水波之伝』in 「京都駅ビル薪能」@京都駅ビル室町小路広場9月9日

九郎右衛門さんの山神、鬼気迫っていた。最後の「急」の舞い、テンポが速くなるにつれ舞いのペースも上がる。さらに煽るお囃子。ついて行くというより、むしろそれをリードする舞い。勢いがある。勢い余るかとみえて、きちんとコントロールされている。

やがてお囃子と舞いとが一体化して、大きなうねりになって客席に押し寄せる。いささかの乱れもなく展開する競演。一層加速度がつく。と、そこに意図的に作られた裂け目が垣間見える。その裂け目から聞こえてくるかのような山神の謡。恐ろしいまでに「ドス」が効いている。この裂け目こそが山神が神たる所以。それはラカンのいうところの<the Real=現実界>そのもの。「現実界」の裂け目はそのまま人間界を超越した存在者の在り処。そこからの声は超越者、この場合は山神のメッセージを伝えるもの。

銕仙会の演目解説によると小書の「水波」とは「『神と仏とは本来一体のもので、神とは仏が仮に現れた姿である』という、伝統的な神仏観をあらわす常套句で、本体の仏とその化身である神との関係を〈自由自在に姿を変化させる水〉と〈その実際的な現れとしての波〉という関係に譬えた言葉」だそう。以下、銕仙会の『養老』解説。

<概要>
雄略天皇の御代。美濃国 養老滝で、不思議な泉が湧いたとの報告があった。勅使(ワキ・ワキツレ)が確認のため下向すると、そこに、この地に住む老人(前シテ)とその息子(ツレ)が現れる。老人は、この泉は息子が親を養うべく薪を採っている最中に発見したものであると教え、この水を飲めば身も心も癒えて長寿が保たれるのだと明かすと、この薬の水を汲みつつその霊力を讃えるのだった。

奇瑞を目の当たりにした勅使。そのとき、勅使の眼前に、さらなる奇跡が起こる。天より花降り音楽聞こえ、この山の神(後シテ)が出現したのであった。山の神は、この霊水の如き清らかな御代を讃えると、祝福の舞を舞うのだった。

<小書解説>
「水波之伝(すいはのでん)」
後シテの舞う〔神舞〕にも緩急がつくほか、後シテの装束も通常と異なったものになるなど、細部が様々に変化します。

「水波」とは、「神と仏とは本来一体のもので、神とは仏が仮に現れた姿である」という、伝統的な神仏観をあらわす常套句で、本体の仏とその化身である神との関係を〈自由自在に姿を変化させる水〉と〈その実際的な現れとしての波〉という関係に譬えた言葉です。後シテが出現し、〔神舞〕を舞う場面では、山の神が観音の化身であることが謡われていますが、そうした神と仏との一体性を視覚的に表現したのが、この演出となっています。

現実界」の裂け目に立ち現れた山神。それは上の解説にあるように神と仏との一体性を表しているのかもしれない。でも私にはむしろその一体性を拒むような違和感を演出しているように思えた。調和、ハーモニーといった穏やかな感じはなくて、どちらかというと調和を乱すような舞いだったように感じた。あの九郎右衛門さんの声とは思えないほどの荒々しい調子やド迫力は、むしろ「荒ぶる神」を表象しているようだった。彼の解釈をみた気がした。荒ぶる神により「水波」の滑らかな流れは断ち切られ、混沌が生じる。その混沌を示すことこそが山神の使命と心得ているような、そんな意思を九郎右衛門さんの舞いと謡に感じ取った。

以下がこの日の演者の方々。

前シテ 老人の樵夫  片山九郎右衛門
後シテ 山神     片山九郎右衛門
前ツレ 樵夫     片山伸吾
後ツレ 天女     大江広祐
ワキ  勅使     小林努

囃子方 笛   森田保美
   小鼓   曽和鼓堂
   大鼓   河村大
   太鼓   前川光範

後見   青木道喜 梅田嘉宏
地謡   古橋正邦 河村博重 味方玄 分林道治 大江信行 橋下忠樹

ただ、ちょっと気になったことが。シテ、ワキ共にマイクを衣装につけておられたけれど、ない方がいい。確かにこの日の800人を優に超えた「観客」にはその方が親切だったかもしれない。でも電子化された音声は時として聞き苦しい。能役者の素晴らしい声が台無しなる。階段のてっぺんまで聞こえなくとも、肉声のままの舞台にして欲しかった。

幸運なことに舞台の真ん前に座ることができた。舞台の階段の間。これは予想していなかったので驚いた。一等席での観劇は感動的だった。