yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

能『小塩』in 「興福寺勧進能」@国立能楽堂7月22日

この日は午後2時から宝生能楽堂で味方玄さん主催の「テアトル・ノウ」を観劇、その後こちらに出向いたので遅刻。馬場あき子さんのお話と狂言、『長光』を見損ねた。残念だったけれども、味方玄さんの『巴』を最後まで見たかったので、仕方ない。『鬼の研究』で著名な馬場あき子さんのお話を聞く機会がまたあることを願って。

『小塩』には幸いなことにギリギリ間に合った。例によって「銕仙会」からの曲解説を引用させていただく。

作者 金春禅竹
場所 京都 大原山
季節 晩春
分類 三番目物 美男物

この日の登場人物と演者一覧が以下。

前シテ 老人      浅見真州
後シテ 在原業平の霊 浅見真州
ワキ 都の男     宝生欣哉
ワキツレ 都の男(二人) 大日向寛 御厨誠吾
狂言 里人      野村万禄

大鼓  原岡一之
小鼓  大倉源次郎
笛   松田弘
太鼓  小寺佐七

後見  北浪貴裕 小早川修

地謡  小早川泰輝 武田祥照 武田宗典 坂井音晴
    武田文志 浅見慈一 浅井文義 武田友志

「銕仙会」の「概要」が以下。

都の男たち(ワキ・ワキツレ)が大原山へ花見に行くと、一人の老人(シテ)が現れ、いにしえこの地に后の行幸があり、在原業平がそれに供奉して歌を詠んだという故事を語り、姿を消す。実は老人は業平の幽霊であった。夜、男たちの前に業平の幽霊(後シテ)が在りし日の姿で現れ、后への淡い恋を思い出し、大原野行幸の昔を懐かしんで舞を舞う。

在原業平は稀代のプレイボーイで鳴らした男で、言わずと知れた『伊勢物語』の作者でもある。この中には業平が自身の体験を描きこんでいると取れる段もある。例えば、藤原高子(のちの二条后)や伊勢斎宮との禁断の恋等の。また、彼の和歌も多く採録されている。この和歌の一つがこの能で使われることになる。

ここでは高子との恋をモチーフにして物語が展開する。時は春、満開の桜の下での花見をする男たち。優雅な雰囲気の中に、これまた華やかな昔のサマを忍ばせる老人が現れ、業平が昔この大原野にやってきた折の話をする。のどかで優雅な光景。やがて夕霞が降りてきて、老人は去ってゆく。

アイが入って、彼の話から先ほどの老人こそ業平の霊と確信する一行。

後場、満開の桜の中、夕闇に現れたのは死してもなお優雅な業平の幽霊だった。懐旧の思いに耽る業平の霊。「銕仙会」解説はこの辺りを見事に捉えて入る。

──心に秘めた私の思い。しかしそれは、歌物語となって洩れ出てしまう。かつて后を盗み出したとき、「武蔵野は今日はな焼きそ若草のつまも籠もれり我もこもれり」と詠んだ、あの昔。あのときのことが、忘れられようものか。「昔男」と呼ばれたこの私の、それは昔の物語…。

やっぱり、業平が偲んでいたのはあの高子だった。後宮に入るために、諦めざるを得なかった高子。高子はその後世継ぎの皇子を産み、ますます栄え、この大原野に行幸まであった。きらびやかな行幸だった。しかし、彼女を背に背負って芥川を渡った時以来、業平との縁は以来途絶えたまま。高子も取り戻すことはできない悲しみ。さらには時の移ろいの儚さを悲しみ。それらを歌に託して語りつつ、やがて老人の姿は夕闇の中に消えて行く。

前場のちょっと粋な感じのシテと、後場のあまり動きのないシテの姿に、業平の人物像が浮かび上がる仕掛け。とくに後場ではほとんど身動きなく、深く物思いに耽る様子が痛々しい。業平の鬱屈した思いを表現することに成功された浅見真州さん。深く深く、物思いに沈むシテ。それを地味な(?)謡でサポートする地謡。ただ、地謡の方々の年齢が比較的若いので、地味でも存在は主張されて入る感じ。シテと地謡の対比も興味深かった。

動きのあるものより、こういう乏しい動きに終始する曲の方が何倍も難しいのだと思う。70歳を超えた年齢の重みと深さ、あえていうなら枯れた風情も漂って入る風に演じなくてはならない。あの煌びやかな恋愛を享受していた業平も今は霊となっている。この世の無常/無情をその姿で表現するという難しい演目。浅見真州さんはそれを淡々と演じられた。

ワキの宝生欣哉さんと小鼓の大倉源次郎さんは「テアトル・ノウ」から移動されてきたのだろう。私も同様に宝生能楽堂から移動したのだけど、かなりタイトなスケジュール。一体本当に源次郎さんが出演されるのかと、固唾を飲んで(?)橋掛りを見守っていたら、いつものように楚々とした風情の、かつ凛々しい姿の源次郎さんが小鼓を手に登場。思わず、「ほぉー」と安堵の声が出た。