yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

東京遠征での能観劇

21日から23日にかけて2泊3日の日程で東京に能を見に行った。大倉源次郎さんのまるで追っかけ。全公演に出演されたから。

21日に納涼能」(国立能楽堂)、22日に「テアトルノウ」(宝生能楽堂)と「興福寺勧進能」(国立能楽堂)、23日に「演能空間第四回公演」(宝生能楽堂)と計4公演を見た。それぞれに記憶に残る舞台だった。

「納涼能」では友枝昭世氏シテの『枕慈童』、野村万作氏が太郎冠者の『文荷』、観世清和氏シテの『安宅』を、「テアトルノウ」では味方玄氏シテの『三笑』と『巴』、野村万作氏の『舟渡聟』を、「興福寺勧進能」では浅見真州氏シテの『小塩』を、そして最後になる「演能空間第四回公演」では和久凛太郎君シテの『花月』と野村祐基さんの『二人袴』と和久荘太郎氏の『自然居士』(途中まで)をみた。

なんといっても、友枝昭世さんの『枕慈童』が圧巻だった。観世寿夫さんを最もよく継承しておられるというのに納得。大槻文蔵さん、梅若玄祥さんにも観世寿夫さんを強く感じるけれど。

味方玄さんの『巴』が良かった。あれ、きっと信光作ですよ。優雅さと大胆とがないまぜになったあの動き。あれをいともやすやすと、しかも美しく舞ってみせるのはさすが玄さん。途中からの変身ぶりに意表をつかれる。アンドロジナス的な魅力に溢れていた。そしてこの「テアトルノウ」の中の仕舞の「花筐」。舞われたのは片山九郎右衛門さん。しみじみと胸を打つ舞だった。味方玄、片山九郎右衛門のお二人は最強。将来の人間国宝だろう。

浅見真州氏シテの『小塩』は、途中まるで催眠術にかけられたような感じがした。ほとんど動きのない中で、じっと貯めたエネルギーが序の舞になって放出する瞬間が素晴らしかった。

花月』での子役のシテには驚いた。でも弱冠11歳でこの大役を務めた和久凛太郎君、将来の傑物の片鱗を見せてくれた。

個々の評は後にする。もう真夜中近いし、明日は松竹座で『夏祭浪花鑑』を見るので、今日はこの辺で。