yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

仁左衛門&染五郎の『盟三五大切』@大阪松竹座 7月10日第二部

四世南北作のこの作品、演目発表があった時から、見ようと決めていた『盟三五大切』。演者が仁左衛門染五郎。二人とも源五兵衛を以前に演じている。「歌舞伎データベース」で過去舞台の配役を確認したところ、興味深いことがわかった。仁左衛門が演じたのは源五兵衛のみなのに対し、染五郎は三五郎と源五兵衛両方を演じている。源五兵衛と三五郎、この対照的な二人の人物を一人の役者が時間差があるものの演じていることになる。この事実と串田和美演出のコクーン歌舞伎『盟三五大切』と並べてみると、この作品の奥の深さが顕われるように思う。

以下、「歌舞伎美人」サイトからの配役とみどころ。

四世鶴屋南北
郡司正勝 補綴・演出
織田紘二 演出

<配役>
薩摩源五兵衛   仁左衛門
笹野屋三五郎   染五郎
家主くり廻し弥助 鴈治郎
出石宅兵衛    鴈治郎
若党六七八右衛門 松也
芸者菊野     壱太郎
ごろつき勘九郎  橘三郎
仲居頭お弓    吉弥
富森助右衛門   錦吾
芸者小万     時蔵

<みどころ>
 塩冶家の浪人の薩摩源五兵衛は、芸者の小万に入れ込んでいますが、その小万には笹野屋三五郎という夫がいます。源五兵衛は塩冶家の浪士で、伯父の富森助右衛門が討入りのために調達した100両を三五郎の罠により騙し取られます。怒った源五兵衛は、三五郎の仲間たち五人を惨殺しますが、三五郎と小万は難を逃れます。実は、三五郎夫婦が源五兵衛から100両を巻き上げたのは、三五郎の父親の旧主の危急を救うためで、その旧主とは、源五兵衛その人だったのでした。そうとは知らぬ源五兵衛は、再び三五郎夫婦の前に現れ、恨みを晴らそうとします。小万の腕の「三五大切」の彫り物を見て逆上した源五兵衛は、ついに…。
 四世鶴屋南北が『忠臣蔵』と『四谷怪談』を背景に描いた、大南北らしい見せ場と趣向にあふれた通し狂言にご期待ください。

今回の舞台、結論からいうとがっかり。平板だった。もっとも、それは私の無い物ねだりで、「郡司正勝 補綴演出/織田紘二 演出」とある以上、従来の台本、演出を踏襲したものだろう。だから不足はないはず。でも何かが欠けている感じがつきまとっていた。それはどこから来ているのか。

仁左衛門の源五兵衛、裏切られた男の嫉妬と復讐心を全身で出そうとしていた。でもパワーが足らない。彼の全盛期の『伊勢音頭』での貢などと比べてしまう。無差別殺戮という凄惨な場面でのあの虚無の匂い。仁左衛門はそれを出せる役者ではあるけれど、この源五兵衛、やっぱりどこか物足らなかった。

染五郎も必然的に仁左衛門のパワーレベルに合わせざるを得ない。彼が2009年に源五兵衛を演じた時にはもっとエネルギー度数が高かったのでは。対手の三五郎は若い菊之助だったし。

小万役の時蔵は良かったのだけど、上品というか、こちらもエロさが不足気味。染五郎との濡れ場は歳の差が出てしまっていた。演技としては申し分ないのだけれど。残念。これも無い物ねだりか。

壱太郎、鴈治郎親子がその中で気を吐いていた。主役たちがあっさりしているので、彼らの持つねっとり感が引き立つ。陰惨な場面の中で、ホッとするところ。とくに鴈治郎の大家が秀逸だった。あの濃さは上方歌舞伎でのみ通用するのかと考えていたけれど、なんの、なんの。こういう南北でも生々しい雰囲気を出していた。上方歌舞伎常連の脇役たちも同様で、いきいきしていた。

一人浮いていたのが松也。口跡がよくない。あの甲高い声、変な抑揚の付け方は研究の余地あり。先日見たシネマ歌舞伎の『らくだ』の女方の時の声に辟易したけれど、ここでも同様。立ちと女方の声を替えることができていない。彼の台詞部分は白けっぱなしだった。応対する仁左衛門も困っていたと思う。

平板に映ったのは、役者の側の問題というより、演出の問題だったのかもしれない。串田和美コクーン歌舞伎の『盟三五大切』についての情報が手元にあり、その斬新な演出が目の前に立ち上がってくるようなそんな感じがしていたから。串田は1998年9月のコクーン歌舞伎において、勘九郎(当時)と橋之助(当時)に源五兵衛/三五郎の二役を交代で演じさせている。それぞれ南番/北番と銘打って。この辺りの事情は勘九郎聞き語りの『歌舞伎ッタ!』や、『勘九郎とはずがたり』(多分。手元に本がないので)等にその裏事情が語られていた。勘九郎は自分がてっきり三五郎のニンと思っていたところ、演出の串田は源五兵衛を演れと言ったらしい。そこから橋之助と交代で演じ、様々な新しい発見をしたという。

勘三郎の聞き語りを集めた『歌舞伎ッタ!』や『勘九郎とはずがたり』で語られる『盟三五大切』。見ていないのが残念なのだけど、文章からだけでもワクワクする舞台が眼前に拓ける。先日見たばかりの串田演出の『四谷怪談』。あの舞台からも『盟三五大切』がどういう舞台になっていたのかが、見える気がする。興奮してしまう。

この発想の斬新さ!源五兵衛/三五郎が実は一つのペルソナで、互いに裏と面になっているという解釈が可能だろう。精神分析学批評の出番である。理論を援用しての解釈が可能になっている。ちょっとあざといほどに。

従来の演出はもちろん意義がある。でも今ここに生きている私たちは、役者も含めて、今の時間の中に、今の空間の中に芝居をおいて演じたり見たりせざるを得ない。そこをすくい取ってくれる演出も見て見たい。そう思っても不思議はない。

ずっと以前にチケットを取っていた今月の松竹座公演分を最後に当分は歌舞伎を見ないと決めた。ただし、それは松竹傘下のもの。海老蔵になにがしかの「貢献」をしているなんで、絶対にイヤ。国立劇場、あるいはコクーン歌舞伎のような松竹を外れた歌舞伎は、みてゆきたい。意欲的な実験、挑戦をするのは、安逸を貪る宗家一門ではないことは確か。あのブログ中毒ぶりから見るに、新しい挑戦をする頭脳も気概もなさそう。こんなの、赦していて良いんですか?勘三郎が生きていたら、鉄槌を下しているだろう。

付記と訂正
ご指摘を受けて「歌舞伎データベース」に当たったところ、1976年8月、小劇場の舞台で片岡孝夫時代の仁左衛門が三五郎をやっていた。源五兵衛はなんと初代辰之助、小万を玉三郎!次いで1985年2月、新橋演舞場でもこの三人がそのままの配役での舞台。2005年6月に歌舞伎座では仁左衛門として三五郎を演じている。その時の源五兵衛は吉右衛門、小万は時蔵仁左衛門は2008年11月歌舞伎座で初めて源五兵衛を演じているが、それまでの舞台では三五郎役だったということがわかった。ご指摘、ありがとうございました。