yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

一皮むけた『怪談乳房榎』in「五月花形歌舞伎」@大阪松竹座5月8日夜の部

なが〜い副題がついている。曰く、「三世實川延若より直伝されたる 十八世中村勘三郎から習い覚えし」『怪談乳房榎』と。以下「歌舞伎美人」からの概説。

三遊亭円朝 原作
怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)』
中村勘九郎三役早替りにて相勤め申し候

<配役>
菱川重信   中村 勘九郎
下男正助   中村 勘九郎
うわばみ三次 中村 勘九郎

重信妻お関  中村 七之助
住職雲海   市川 寿猿
松井三郎   市川 猿弥
磯貝浪江   市川 猿之助

<みどころ>
十八世勘三郎がかつて大阪中座で大評判を呼んだ話題作!
 花見客で賑わう江戸向島の隅田堤。絵師菱川重信の妻お関が赤ん坊の真与太郎を抱いてやってきます。泥酔した侍にお関が絡まれているのを救った浪人磯貝浪江は、これが縁で重信の内弟子となりますが、高田・南蔵院本堂の天井画の龍を描くために重信が家を留守にした間に、お関を我が物にしてしまいます。さらに、下男正助を仲間に引き入れると、深夜、落合田島橋で重信を殺害します。一方、南蔵院では、重信が霊となって現れ、画を完成させると、忽然と姿を消して皆を驚かせるのでした。悪業を隠してお関と夫婦になった浪江は、今度は正助に真与太郎を亡き者とするように命じ…。
 三遊亭円朝の落語をもとにした怪談噺で、早替りをはじめ、本水を使った滝壺での大立廻りなど見せ場にあふれた舞台をご堪能いただきます。

2014年のNY凱旋公演を見ている。でも今回は随分と違った印象だった。

勘九郎が菱川重信、下男正助、うわばみ三次の三役を演じるのはそのまま。七之助もお関のまま。前は住職雲海と松井三郎を 猿弥が演じていた。澤瀉屋で固めた感じ。多くの役者が歌舞伎座の「団菊祭」に出演しているので、役者数は前回よりもはるかに少ない。でもそれをうまく回していた。逆にグッと緊密感が増し、まとまりがより強くなってていた。マイナス点を逆手にとったのだろう。これは猿之助の座頭としての指揮が効いていたのだと思う。

勘九郎の三役早替わりはみどころの一つ。歌舞伎座よりもだいぶんコンパクトな小屋なので、早替わりのテンポを速くしていた感じがした。それもあざとくなくて、運命の回る駒を表象する機能を果たしていた。この三人を一人が演るというのが、この怪談芝居のキモですからね。一人の人間が抱えもつ様々な性(さが)、闇といってもいいかも。それは一見平穏な日常の中では露わにならなくても、一旦コトが起こると次々と加速度をつけて露呈してゆく。一旦そうなるともう止めようがない。ひたすら極点(culmination)に向けて突き進む。「怪談」はその過程で漏れ出た澱のようなもの。怪談という形でしか「折り合い」をつけることができない事態。その凄まじさを描くのはこの『乳房榎』よりも同じく圓朝作『牡丹灯籠』かもしれないけど。

一人何役かで演じるというのは、その意味で理に適っているのかも。歌舞伎役者はそれを肌身で感じていて、こういう形の上演になっているのだろう。そこに猿之助の極めて知的な演出が、それに拍車をかけている。終始「うん、うん!」と頷きながら、見ていた。

勘九郎は先月の「赤坂歌舞伎」の中途半端さとは打って変わって、嬉々として役にのめり込んでいた。下手な「解釈」を施さなくても、そのまま演じるだけで一級の「芝居」になるのは、やはりこれが古典だからだし、もっというなら猿之助という優れた演出家がいたからだろう。勘九郎の力が十分に発揮できた芝居。

先月の「赤坂歌舞伎」で唯一感心したのは七之助だった。あの茫洋とした作品、その分節化(articulation)に成功していた。さぞ大変だっただろうと同情したけど。勘九郎同様、今回のお関はやりやすいし、やりがいがあったに違いない。よかった。

そして何といっても猿之助!改めて見直した。すごかったです。最近は女方で見ることが多かったのもあって、最初「あれ?」って思ったけど、でもハマっていたんです。みごとに。浪江のワルって「色悪」とも違い、もっと現代的なんですよね。この怪談の中で唯一のリアルな役。色悪のデカダンス性より、等身大性を強調したワルだった。エグさは減じるかもしれないけど、大阪の客にはこの方が受けると思う。等身大的なところに、おかしみがあるから。悪なのに、小さな真与太郎に敵として殺されるところ、ちょっと同情したりして。この流れでくるので、敵として殺された浪江(猿之助)を中心にして、登場人物が客に向かって挨拶をする最後の場面が活きていた。

売り物の「滝」も歌舞伎座の方が大掛かりだったけど、それでもこれくらいが松竹座のコージーな舞台に合っていた。前に見たときは一階席の前から二列目だったので、迫力満点ではあったけど、今回は三階席。上から見下ろすので、小規模に見えたのかも。このコンパクトな小屋のおかげ(?)で、勘九郎氏が三階席にまで出張ってくれたんですよ。汗だくの勘九郎をすぐそばで見れて、何か嬉しかった。

また「つなぎ」役の弘太郎に感心した。滝の準備をする幕内。その間幕前で弘太郎がつなぎをする。これがとても楽しい。彼の弾けキャラぶりは澤瀉屋の芝居になくてはならない。実験的な演目にはとくになくてはならないキャラクター。それと機知に富んだおしゃべり。それに滑舌がいい。動きが頭抜けて機敏。そのニンにあった役を立て続けに演じている。『空ヲ刻ム者』では農民からのちに盗賊になる喜市を、『ワンピース』でははっちゃんと戦桃丸二役を、『東海道中膝栗毛』では読売屋文春 という今でいうところの芸能レポーター役を演じて、記憶にしっかりと刻み付けられる演技を魅せてくれた。

澤瀉屋のそして中村屋の役者の層の厚さに改めて感動した舞台だった。