yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

初能奉納『翁』@八坂神社能舞台1月3日

隔年で執り行われている能奉納。金剛流/観世流各家元によるもの。得難い機会。ただ朝9時開始なので、宝塚に住む私にはちょっときつい遠出。でもどうあっても見たい!7時に家を出た。もちろん目一杯着込み、ホッカイロを背中に貼っての出陣。飲み物もできるだけ口にしないようにしていた。立ち見を覚悟だったのだけど、舞台下手の見やすい位置が確保できた。この寒さではずっと床几に座って見るよりも、立って見た方が楽だと思う。寒さも幾分かは紛れるはず。とはいえ、やっぱり寒かった!

舞台はとても熱く、途中から寒さは忘れていた。素晴らしい舞台だった。さすが家元。鬼気迫る舞。居並ぶ地謡、後見の方たちは比較的若手。この寒さ、年配者にはかなりきついと思う。座ってじっとしているなんて、へなちょこの私には考えられない。Tortureですよ。それでも微動だにせず、耐えておられた。あっぱれ!

まず、Wikiから採った能、『翁』の解説。

最初に翁を演じる正式な番組立てを翁付といい、正月初会や祝賀能などに演じられる。翁・千歳・三番叟の3人の歌舞からなり、翁役は白色尉、三番叟役は黒色尉という面をつける。原則として、翁に続いて同じシテ・地謡囃子方で脇能を演じる。

<登場人物>
• シテ 翁
• 面箱持ち
• ツレ 千歳(金春流金剛流喜多流では面箱持ちが兼ね、狂言方が担当する)
• ワキ 三番叟(狂言方が担当、大蔵流では三番三)
 面箱を先頭に、翁、千歳、三番叟、後見、地謡の諸役が橋掛りから登場、翁は舞台右奥に着座し祝歌を謡う。
 露払いとして千歳が舞い、翁は千歳が舞っている間に舞台上で前を向いたまま白色尉を付ける。千歳の舞が終わると、翁は立ち上がり祝言の謡と祝の舞を舞う。その後もとの位置に着座し面を外して退場する。
 翁が、千歳の舞と翁の舞の 2場面からなるのと同様、三番叟も揉ノ段と鈴ノ段からなっている。前半の揉ノ段は面を付けず、後半の鈴ノ段は黒色尉を付け鈴を持って舞う。舞が終わるともとの位置に戻り、面を外して退場する。

翁は、例式の 3番の演目、つまり「父尉」「翁」「三番猿楽」(三番叟)の 3演目から成るのが本来であり式三番とも呼ばれる。実際には室町時代初期には「父尉」を省くのが常態となっていたが、式二番とは呼ばれず、そのまま式三番と称されている。

続けてのその由来の解説。

翁(式三番)は、鎌倉時代に成立した翁猿楽の系譜を引くものであり、古くは聖職者である呪師が演じていたものを呪師に代って猿楽師が演じるようになったものとされている。寺社の法会や祭礼での正式な演目をその根源とし、今日の能はこれに続いて演じられた余興芸とも言える猿楽の能が人気を得て発展したものである[3]。そのため、能楽師狂言師によって演じられるものの、能や狂言とは見なされない格式の高い演目である。

能との顕著な違いの一つに、面を着ける場所がある。能においては面は舞台向かって左奥の「鏡の間」において着脱されるが、「翁」では面は舞台上で着脱される。また「鏡の間」への神棚設置や切り火によるお清め、別火(演じ手の茶の用意や、鼓を乾かす為の火を、特別な取り扱いとする)などによる舞台・演じ手の聖別も行われる。

『翁(式三番)』は能より格の高いものとされているらしい。正月にのみ舞われる。極めて稀少な機会を得たのだ。家元が舞うというのにも納得。

演者の方一覧が以下(後見の方を一部割愛した)。

能 金剛流『翁』
   翁    金剛永謹
   千歳   増田浩紀
   三番三  茂山茂
   笛    杉信太朗
   小鼓頭取 曽和鼓堂
   太鼓   石井保彦
   地謡   今井清隆 宇高通成 種田道一 今井克紀 
 豊嶋晃嗣 宇高竜成 重本昌也 宇高徳成
   狂言後見 茂山あきら 茂山童司

舞台の上。面箱が見える。この中に翁の面が入っている。その前にシテの金剛永謹氏。後に舞台上でその面をつける。スマホ撮影なので、クリアでないのはご容赦。舞台手前左から茂山茂、金剛永謹、増田浩紀の各氏。

まず、露払いとして千歳が舞う。金剛流の能なので、千歳は狂言方が担当する。増田浩紀氏は後ろに後見として控えておられる茂山あきら氏のお弟子さん。

金剛流家元金剛永謹氏の『翁』。翁の面をつけてのもの。

金剛流はその華麗な舞で名を馳せているそう。確かに袖を巻き返すところは大きな動き。足さばきも軽やか。とはいえ、まだまだ初心者の私にはどこがどう違うのかはよく判らず。初めは直面、後から翁の面をつけての舞。『高砂』と並んで新年によく使われる曲なのだろう。途中からは魅入って、時間はあっという間に経っていた。

単調とも思える地謡が観る者をトランス状態に導くのかもしれない。それに乗せての舞。その舞にリズムを刻み込む小鼓の響。序破急になっていて、やはりそれ自体がドラマ。

ドラマを締めくくるのは狂言方による三番叟(ここでは大蔵流なので「三番三」)。舞われるのは茂山千五郎さんのご子息、茂氏。先日の狂言のワークショップでお話を聴いた茂山逸平さんの従兄弟さん。茂山あきらさんのご子息の童司さんとはまた従兄弟に当たられるよう(茂山家の家系図に当たりました)。

先日、逸平さん、童司さんのお二人の鼎談から、狂言大蔵流の「先輩」方のとても面白い、突っ込んだお話を聴いているので、「お豆腐狂言」と呼ばれる大蔵流の方々にはとても親しみを感じてしまう。童司さんはもちろんのこと、そのお父上の茂山あきらさんは春日大社若宮祭の狂言で拝見しているので、こちらも「親戚」のような近さを(勝手に)感じている。ついでに付け加えれば、逸平さん、童司さん、そして茂さんも「花形狂言少年隊」の一員。従兄弟、また従兄弟で皆さんとても仲がいい。ほのぼのとした気持ちにさせてくれる。

踊りに近い華やかな舞。躍動的。若い男性の熱心な観客が多数おられたけれど、「花形狂言少年隊」のファンの方かもしれない。舞台と観客が同調している感じがビンビンと伝わってきた。

そういえば茂山家の新春狂言公演は花盛り。各地で開かれている。茂山千五郎家のサイトをリンクしておく。私は7日、川西みつなかホールでの公演に出かける。