yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」in 「當る戌歳吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」@ロームシアター京都メインホール12月18日千秋楽

この公演は、恒例の「顔見世」兼八代目 中村芝翫、四代目中村橋之助、三代目中村福之助、四代目中村歌之助と東の成駒屋の襲名披露公演。正直あまり期待していなかったので、チケットを取っていなかったのだけど、12日夜の部での新橋之助がよかったので、急遽昼の部も見ることにした。席は三階席、それも一番後ろの右端。なかなか良く見えた。でも歌舞伎はホールで見るものではないんですよね。臨場感がまるでなく、無機質な感じになるから。それに「まねき」が劇場正面全体を飾らない顔見世なんて、興ざめです。一応あることはあったんですけどね。こんな感じで「松竹歌舞伎」サイトにアップされている。来年は本家南座での公演になるという。

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とはいうものの、この公演を見ておいて良かった。予想通り、橋之助の「成長」が確と確認できたから。とくにこの「寿曽我対面」での五郎で。何年か前にがっかりしたことが嘘のように進境著しかった。大向こうさんたちも随分と張り切って「成駒屋!」と掛け声をかけておられた。そういえば、いっとき南座の大向こうさんが減った気がして心配だったけれど、この日は大阪松竹座でおなじみの方々がうち揃われていたような。三階の最後列(劇場四階は使われていなかった)に何人かの方達が座っておられた。すぐ前に座っておられた外国人男性、その声に驚いたらしく、幕間で「何を彼らは叫んでいるんだ?」との質問。たしかに西欧演劇の舞台では全く考えられないから。座席で弁当を食べてもOKってのも考えられないでしょうし。

この「曽我対面」は何度か以前に見ている。直近では2015年2月歌舞伎座での歌昇が五郎、萬太郎が十郎、そして巳之助が朝比奈を演じた舞台。このとき新橋之助の国夫は秦野四郎国郷役。あまり印象に残っていない。巳之助びいきの私のこと、きっと彼ばかり見ていたんでしょう。

今回のものはドラマチック度が高かった。やはり襲名披露ということが役者のみならず観客、そして劇場全体の「気」に影響していたのかもしれない。それと七之助の十郎、何よりも勘九郎の朝比奈が全体を締めていた。上手い!
て何度も呟いた。「中村屋」の掛け声も多かった。壱太郎の化粧坂少将が女方で東京勢に対抗、気を吐いていた。

さらに注目したのは工藤祐経梅玉。古典的な解釈とは一線を画した解釈を施した祐経なのが、印象的だった。極めて現代劇的な演じ方。この方はそういう役者だったんだと、ちょっと驚いた。肩肘張らないというか、ごく自然体で古典を演じてしまう。若い役者に囲まれていても、正攻法で若い力と「対決」するのではなく、それをうまく自身の造型に取り込みなじませてしまう。彼の格の役者でそういう人は他では知らないので、新鮮だった。もう二十年も見てきているの。改めてうまい役者さんだと思った。夜の部の新芝翫襲名の口上は仁左衛門が仕切ったけれど、昼の部の三人の子息たちの口上は梅玉が仕切った。

以下に「歌舞伎美人」からお借りした配役を。

工藤祐経    梅玉
曽我五郎    国生改め橋之助
曽我十郎    七之助
小林朝比奈   勘九郎
化粧坂少将   壱太郎
近江小藤太   宗生改め福之助
八幡三郎    宜生改め歌之助
梶原平次景高  亀鶴
梶原平三景時  男女蔵
鬼王新左衛門  進之介
大磯の虎    扇雀

『歌舞伎への誘い』の「作品紹介」が以下。

鎌倉時代の曽我兄弟(そがきょうだい)による敵討ちに取材した作品で、通称『曽我の対面(そがのたいめん)』、または単に『対面(たいめん)』とよばれています。

父を工藤祐経(くどうすけつね)に討たれた曽我十郎(そがのじゅうろう)・五郎(ごろう)の兄弟は、正月に工藤の館を訪ねます。兄弟は、小林朝比奈(こばやしあさひな)の計らいによって、敵(かたき)の工藤と対面します。盃を受けた五郎は、「親の敵」と工藤に詰め寄りますが、兄の十郎は「粗相のないように」とたしなめます。工藤は、富士の裾野で行なわれる狩りの総奉行職を勤めた後で、兄弟に討たれることを約束し、年玉代わりに狩場の切手[通行手形]を渡します。

曽我兄弟が父の敵の工藤祐経を討った事件は、『曽我物語(そがものがたり)』という物語によって一般に流布し、庶民の支持を受けました。
江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我兄弟の登場する作品を上演する慣習があり、兄弟が敵の工藤と対面する場面が必ず含まれていました。さまざまな趣向によって、繰り返し上演された「対面」の場面は、登場人物の役柄や扮装などが次第に様式化されていきました。現在の『寿曽我対面』は、1885年[明治18年]上演時の演出が元になっています。
また曽我兄弟の登場する作品は、総称して「曽我物」とよばれ、現在でもたびたび上演されています。

様式化されたこの作品の登場人物の多くは、典型的な役柄で演じられます。曽我五郎は「むきみ」とよばれる「隈取(くまどり)」をとった「荒事(あらごと)」、対照的に兄の十郎は柔らかい身のこなしやせりふ回しの「和事(わごと)」、「猿隈(さるぐま)」という「隈取」やユーモラスなせりふ回しの小林朝比奈は「道化方(どうけがた)」です。また工藤祐経は、一座のトップである「座頭(ざがしら)」、五郎の恋人大磯の虎(おおいそのとら)は、一座の女方のトップである「立女方(たておやま)」が演じる役とされています。