yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

玉三郎の「楊貴妃(ようきひ)」 in 「十二月大歌舞伎」@歌舞伎座 12月5日第三部

玉三郎がその上半部を占めているチラシを以下に。
f:id:yoshiepen:20171208151158j:plain

演者とみどころを以下に。

楊貴妃   玉三郎
方士    中車

悲劇を辿った楊貴妃を美しく描く舞踊
 長編詩「長恨歌」と能の「楊貴妃」を題材とした舞踊『楊貴妃』は、人気作家・夢枕獏坂東玉三郎のために書き下ろした作品です。亡くなった楊貴妃への思いが忘れられない玄宗に、楊貴妃の魂を探すよう命じられた方士は、蓬莱山の宮殿で楊貴妃を呼び出します。すると、楊貴妃の魂が在りし日の美しい姿で現れ…。
 二枚扇を巧みに扱う華麗な舞がみどころの一つです。夢幻の境地へ誘う燦爛たる舞踊をご堪能ください。

たしかに玉三郎はとてもその年齢には見えないほど目も覚めるほど美しい。先ほどの水熊のおはまとはなんという違い。夢の世界にたゆとう感じで終始する。玉三郎のたおやかな舞いをサポートする箏、笛、呼吸、そして太夫の合唱(?)も加わって、観客を魅了する。これは一年締めくくりの歌舞伎座の舞台で玉三郎を寿ぐという目的のみで設けられた舞踊劇ということなんでしょう。でもね、フルヴァージョンの『楊貴妃』を以前に見ているので、これはやっぱり物足りなさが残る。

演劇として見ても物足らないけど、舞踊としてもいささか物足らない。単に「綺麗!」で終わってしまうから。玉三郎がそのすごさを最も体現するのはやはり舞踊だと思う。以前に見た地唄舞の素晴らしさを反芻していた。「楊貴妃」も素敵ではあるけれど、地唄舞の奥行きがない。これは夢枕漠さんの演出もあるのかもしれないけど。地唄舞には演出家は要らないんですよね。踊り手自身が演出家になるから。自分の肉体をどこまで苛め抜いて一つの美しい振りに結晶させるかというのは、やはり「演出」ですよね。この「楊貴妃」は彼の地唄舞一本にも及ばない気がした。