yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「江戸の華」を具現化したシネマ歌舞伎『め組の喧嘩』(神明恵和合取組)@神戸国際松竹11月29日

2015年5月の浅草・隅田公園 山谷堀広場に設営された特設舞台平成中村座での公演を録画したもの。十八世勘三郎、最晩年の舞台。

江戸の華といえば「火事と喧嘩」。その華がが舞台だけではなく、会場いっぱいに広がる。俄か造りの平成中村座の小屋。その小屋で何世紀も前の江戸の光景が華々しく繰り広げられる。理屈さえぶっ飛ばしてしまう、有無をいわさぬ男の意地。それが幟を掲げて突進する、あるいは梯子に昇り見得をきる役者の体当たりの演技に示される。これでもか、これでもかと、くどいくらいに。興が乗り切ったところで、後ろの壁が抜け(!)なんと神輿が担ぎ込まれる。先頭で担ぐのは坂東彌十郎笹野高史。中村組の常連。どっとばかりに舞台にくり込む。すでに役者と舞台とが一体になっていた小屋内。ここでエネルギーのボルテージが最高潮に達する。そしてその興奮も鎮まり、舞台に揃った役者たちが挨拶するところで幕。

勘三郎がやりたかったことが、この最後の場面に余すことなく示されていた。この後、彼がどうなったのかを知る私たちは、これを見るのがとても辛い。その思いを噛みしめながらしばし呆然としていた。

一応、松竹のサイトに載っていた「配役」と「あらすじ」とをアップさせていただく。

配役
• め組辰五郎:中村 勘三郎
• 辰五郎女房お仲:中村 扇雀
• 四ツ車大八:中村 橋之助
• 露月町亀右衛門:中村 錦之助
• 柴井町藤松:中村 勘九郎
• おもちゃの文次:中村 萬太郎
• 島崎抱おさき:坂東 新悟
• ととまじりの栄次:中村 虎之介
• 喜三郎女房おいの:中村 歌女之丞
• 宇田川町長次郎:市川 男女蔵
• 九竜山浪右衛門:片岡 亀蔵
• 尾花屋女房おくら:市村 萬次郎
• 江戸座喜太郎:坂東 彦三郎
• 焚出し喜三郎:中村 梅玉


あらすじ
町火消の「め組」鳶頭の辰五郎(中村勘三郎)は、品川の盛り場で、喧嘩っ早い鳶たちと相撲力士たちの小競り合いを収める。が、武家のお抱えの力士たちより鳶は格下だと言い放たれ、怒りを胸の内に押し殺す。面子を汚された辰五郎は、兄貴分から諭されるも、密かに仕返しを決意。愛する妻と幼い子供に別れを告げ、命知らずの鳶たちを率いて、力士たちとの真剣勝負に乗り込んでいく...!

Wikiの「神明恵和合取組」によると、狂言のできた経緯は以下らしい。

890年(明治23年)3月、新富座初演。作者は竹柴基水。通称「め組の喧嘩」(めぐみの けんか)。四幕八場。文化2年に芝神明社で起きた「め組の喧嘩」事件を題材とする。すっきりした筋立ての中に実在の人物を登場させる、典型的な明治時代の実録風世話物。

さらに、その概説に興味深い情報が。

分かり易い筋といなせな鳶の者の生活が描写された世話物の傑作である。とくに三幕目は河竹黙阿弥の補作で、こくのある描写が熟練の技を見せている。辰五郎内の舞台は、凝り性の菊五郎がわざわざめ組の関係者に問い合わせて作った。終幕の喧嘩場はケレン味のある殺陣が見逃せない。下座音楽の巧みな効果、洗練された江戸生世話物の演出などが堪能できる。ただ初演時は、終幕の乱闘が、かなりいいかげんで、芝翫ら出演者が負傷する騒ぎを引き起こし、かえって評判になった言われている。

五代目菊五郎は『盲長屋梅加賀鳶』(加賀鳶)の梅吉や『江戸育御祭左七』(お祭り左七)の左七など町火消役を得意としたが、さまざまな演じ方の口伝を残している。たとえば、歩くときは高い足場を歩くように、互いの足を前に出すように歩く、と決めている。初演時は江戸前の演技が評判で、三木竹二の評では「(辰五郎内の終結部、女房と子供との別れの場で)・・・訣別する処、満場粛然たりき。揚幕で聞ゆるはねの太鼓をきき「かうしてはいられねえ」と童を突放し、手鍵を腰にさし、鳶口をかいこみての引込み、国周(註:人気浮世絵師、豊原国周)の画も如かず。」と激賞している。

その後、辰五郎役は十五代目市村羽左衛門、二代目尾上松緑、十七代目中村勘三郎、そして七代目尾上菊五郎と、江戸前の世話物を得意とする役者が勤めている。 とくに羽左衛門の辰五郎は、口跡の良さと颯爽とした容姿とがはまって、五代目以降、随一と賞され、自身が「此の位ゆるみのない、気の好い役はありません。」と得意げに語るほどであった。

二代目松緑が語った「江戸っ子の喧嘩ですから、ハラも何んもないもので、どっちかといえば辰五郎の場合なんか、あんまりハラがあってはいけないんです。これはむしろ形のもので、粋に粋に、という行き方できてるんですね」という解析は、登場人物の外づらが決まれば興行も大入りとなった往事の歌舞伎の様子を端的に言いあらわしている。

三幕目が黙阿弥の作と聞いて、膝を打った。あの立板に水の口説はまさに黙阿弥。まるで歌を聴いているような、楽しさ。幾重にもアリュージョンを散りばめているのだけれど、それなあっさり目でくどさが全くない。これこそ江戸前、そして黙阿弥!思わず掛け声をかけたくなるカッコよさ。

上の引用にある、二代目松緑が語ったというこの演目談がまさに言いえて妙。曰く、「江戸っ子の喧嘩ですから、ハラも何んもないもので、どっちかといえば辰五郎の場合なんか、あんまりハラがあってはいけないんです」。そうなんですよね、ここにある種の「物語」、もっというなら解説を持ち込むのは野暮の骨頂ということでしょう。

でもね、「なんか変?」って、見ていて度々納得できなかった。特に加害者である側の辰五郎側が理性的、真っ当な力士、四ツ車大八関に楯突くところなんて、おかしいでしょ。これはどう見ても力士の側に理がある。それを喧嘩するのが男の意地とばかりに殴り込む辰五郎側が英雄扱いなんて、やっぱりおかしいですよ。でもね、まさに「あんまりハラがあってはいけないんです」ですよね。われわれに期待されているのは、ただひたすらに江戸の華のイキのよさに耽溺すること。これ一点。「そんな無茶な!」と見る前は呆れたかもしれない。でもこの芝居を、その立ち回りの華麗さを見ていると、いやでも辰五郎側に加勢してしまう。彼らに感情移入してしまう。

黙阿弥らしい口跡の良さが際立っている作品の一つだろう。黙阿弥が嬉々としてこの台詞を書いたのが眼に浮かぶよう。その台詞回しの流麗さが全体をおおっているので、単純な喧嘩芝居という「格」ではなくなる。陰影と深みが加味され、江戸の粋を具現化した作品に仕上がっている。格上げされている。

勘三郎の渾身の演技。これがシネマ版として残っていてくれて感謝。息子の勘九郎だけではなく、その場にいた役者みんながどれほど勘三郎に惚れ込んでいるかが、痛いほどわかる舞台だった。その死があまりにも哀しい、無念。