yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『荒川の佐吉(あらかわのさきち)』七月大歌舞伎@歌舞伎座7月26日 千秋楽

以下、松竹サイトからの借用。

真山青果 作
真山美保 演出
江戸絵両国八景


<配役>
荒川の佐吉   猿之助
相模屋政五郎  中車 
極楽徳兵衛   男女蔵
大工辰五郎   巳之助
お八重     米吉
絵馬屋重作   桂三
あごの権六   由次郎
鍾馗の仁兵衛  猿弥
丸総女房お新  笑也
隅田の清五郎  門之助
成川郷右衛門  海老蔵


<みどころ>
俠客の世界をのし上がった男の人情と生きざま
 腕のいい大工からやくざの世界に憧れた佐吉は、鍾馗の仁兵衛の子分となります。しかし、仁兵衛は、浪人成川郷右衛門に斬られて縄張りを奪われ、落ちぶれた生活を送ることになります。その後仁兵衛は、丸総という大店に嫁いだ娘のお新が産んだ盲目の卯之吉を佐吉に託したまま、いかさま賭博をして殺されてしまいます。残された佐吉は、卯之吉を育てながらも、仁兵衛の仇討ちを決意して見事郷右衛門を討ち取ります。仁兵衛の後を継ぎ親分として卯之吉と平和に暮らしている佐吉のもとに、お新とともに相模屋政五郎が現れ、卯之吉をお新に返してやって欲しいと頼まれます…。
 爽快で人情味豊かな男の潔さをご堪能ください。

いかにも真山青果らしい人情劇。両親から盲目ということで捨てられた赤ん坊の卯之吉を、引き取って我が子として育てた佐吉。やがて卯之吉の実の親が卯之吉を迎えに来る。余りにもの身勝手さに怒る佐吉。でも卯之吉の将来を考え、手放す決心をする。佐吉と卯之吉の間の実の父子にも勝る愛情の強さ、深さを描いて秀逸。

その赤ん坊は親分の娘の子、つまり親分にとっては孫なのだけど、当の娘は体裁を構う嫁ぎ先から離縁されるのを恐れ、卯之吉を親分に押し付けたのだった。親分がイカサマ博打で殺された後、卯之吉を育てる羽目になった佐吉。でも根っからの子供好き。だから卯之吉は佐吉を実の父だと思い込んでいる。仲睦まじい二人。

ふだんはこのように温和で優しい佐吉も、親分の仇を取る際には鬼にも蛇にもなる。このあたりの演じ分けが難しい。猿之助の佐吉はこれを一人の男の中にある両面として、みごとに演じ分けていた。もともと俠客として名を売るにはあまりにも優しい佐吉。この優しさが存分に発揮されるのが、卯之吉との関係。この俠客としては「弱い」側面を最もよく理解しているのは、彼の元大工仲間の辰五郎(巳之助)。この二人のコンビは、最近頻繁に登場する。二人の信頼関係も背後から浮き上がってきて、安心してみていられる。いいですよ、この二人の掛け合い。しんみりとします。ホロリとします。

佐吉のこの「弱さ」とでも言える優しさが「あだ」になり、結局卯之吉をかって彼を捨てた親の元に返すことになってしまう。盲目の身で「出世」するには検校になるしかない時代。ただ、検校になるには莫大な費用がかかる。その理屈を振りかざされては、豊かではない佐吉は諦めざるをえない。卯之吉を愛しているが故に、身を引くこと、つまり彼を裕福な生家に変えさざるをえない。苦渋の決断。

あるいは、こういう風に言えるかもしれない。体制からはみ出た存在だった佐吉と卯之吉。ずっとそのままであっても、二人はそれなりに幸せだった。でも体制側から「出世」という交換条件を出された時、しかもそこに「legitimacy」(正当性)の裏付けが付帯していれば、佐吉に勝ち目はない。もともと定住者(体制に属する者)ではない佐吉。赤ん坊の卯之吉を育てるために、その場に碇を下ろしたのだった。だから卯之吉が体制側に奪い取られてしまえば、そこにいる理由も必然もない。佐吉がそこを離れ、旅に出る(漂流して行く)のは当然といえば当然の帰結。

政五郎 vs. 佐吉という図式はそのまま体制に属する者とそうでない者との対立を表象している。従兄弟のお二人が演じるのも、何か意味深。この「意味深」を和らげるのが、やっぱり巳之助氏。ほんわかムードにしてくれます。それと女形の二人——お八重役の米吉とお新役の笑也。女性が体制に属していても、そこからはみ出しているように描かれているのが興味深い。二人ともそれを観客に分からせるように演じていた。さすが上手い。

実は、この崩したバージョンを大衆演劇でなんども見ている。骨子はそのままに、サブプロットは大方端折られていたけれど。サブプロットを外すと、逆に体制とそれをはみ出た側との対立というより、親子の情愛とその別れに重心が移ってしまう。それはそれで十分に人情劇として成立するのだけど、重層的な面白さが減じてしまう。時間制限があり、また観客の嗜好もあって、大衆演劇ではサブプロットを組み込むのは無理があるかもしれない。