yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』「源氏店の場」新春浅草歌舞伎@浅草公会堂1月9日昼の部

米吉と松也の組み合わせが最高だった。現代劇といっても通るほど、新しい解釈の「源氏店」。以下に「歌舞伎美人」からの「配役」と「みどころ」を。

<配役>
切られ与三郎 尾上 松也
お富 中村 米吉
蝙蝠安 澤村 國矢
番頭藤八 中村 山左衛門
和泉屋多左衛門 中村 錦之助

<みどころ>
 そして、「しがねぇ恋の情けが仇…」の名せりふで知られる『与話情浮名横櫛』。粋な江戸風情を存分に堪能できる、代表的な世話物をご堪能ください。

30歳の松也と22歳の米吉。若い二人が、今まで大御所がやっていた世話物「古典」の代表格に挑戦するわけで、古典的な演じ方をすれば位負けするのは必定。だから、思いっきり新しい方法を試みたのでは?賛否両論に分かれるだろうけど、私は拍手を送る。

去年7月、歌舞伎座玉三郎のお富、海老蔵の与三郎でこの演目を観ている。その前には菊之助のお富、海老蔵の与三郎でも観ている。いずれも古典的な舞台だった。去年のものは、とにかく玉三郎のお富が圧巻。美しく、それでいて鉄火な魅力にあふれていた。極めて抑制の効いた、型に則った形で演じていた玉三郎。今でも目に浮かぶほど、魅力的だった。

米吉のお富は玉三郎のお富とは違ったお富像を出していた。おきゃんで、かわいい、そして情にもろいお富。22歳という若さを最大限に武器にしたもの。抑制の効いた玉三郎の演技とは違った演技で勝負したのだろう。とにかくきれい。最初の洗い髪で登場した瞬間、後ろ席の三人の女性が異口同音に「きれいだね!」と叫ばれた。同感。匂い立つ美しさだった。でも色っぽいというのではない。そこのところは、玉三郎菊之助に負けるかも。

色っぽくないのが逆に生きるのは、可愛さ、おきゃんさの演出。暗い過去を背負った女というより、若気の至りというか、軽率からちょっと道を踏み外してしまった若い女。あまりにもかわいいので、庇護したくなる女。

そういうお富だから、対する与三郎もそれに相応する与三郎。松也、良かったですよ。どちらかというと女性的な優男。蝙蝠安にお富宅に連れてこられたときは、生来の育ちの良さが「邪魔して」、ゆすり、恫喝に加担するのは乗り気ではない。それがお富を認めた途端、怒りが噴き出て、態度が変わる。その根底にあるのが、お富への断ちがたい未練だというのが、よくわかった。なんどもこの演目を観てきたのに、こういう演じ方に初めて出会った。舞台が近かったので、彼の表情の変化のつけ方がありありと見えた。とくにお富への未練の表情、すばらしかった。

松也、最近はあまりいいとは思わなかったのだけど、本当に見直した。今回の「浅草歌舞伎」、彼が最年長だから、演出にかなりかかわったと思う。彼の解釈が入っているのだろう。米吉と二人で、どこまで新しい「源氏店」を舞台化できるか。その挑戦だったのかもしれない。

そして、蝙蝠安の國矢がよかった!去年の獅童の蝙蝠安とは違って、ぐっと前に出る蝙蝠安。卑しさの中にも、どこかバランスを取る感覚をもっている抜け目ない蝙蝠安。そんな人物が浮かび上がってきた。これをどちらかというと大仰な所作やことばで示すのに、成功していた。

番頭藤八の山左衛門もばかばかしさの中にもバランス感覚が感じられる藤八。

去年の海老蔵玉三郎版に比べると、ずっとウキウキ感(高揚感)のある、挑戦的な「源氏店」。勘三郎が演出したら、こんな感じでするんじゃないかなんて、思ってしまった。どちらかというと弾けた感満載のこの芝居。その中で、しっかり「締めて」いたのはやっぱり錦之助。安定感抜群。彼がいたからこそ、このイケイケどんどん風の舞台全体に、ひとつのまとまりができたのかも。