yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)」新春浅草歌舞伎@浅草公会堂1月8日第二部

以下、「歌舞伎美人」からの引用。

<配役>
粂寺弾正   坂東巳之助
腰元巻絹   坂東 新悟
秦民部    中村 隼人   
錦の前    中村 鶴松
八剣玄蕃 中村 橋吾
小原万兵衛 尾上 松太郎
小野春風   中村 国生
秀太郎   中村 米吉
小野春道   中村 錦之助

<みどころ>
第2部は、歌舞伎十八番より『毛抜』で幕を開けます。御家騒動を背景に粂寺弾正が、謎解きしながら次々に悪事を暴いていく豪快な荒事の一幕。色彩美に富んだ人気演目です。

巳之助が良かった。主役ですよ。それも市川宗家のもの。かなり緊張したでしょうね。いくら彼が大和屋の御曹司にせよ、「How dare!」って感じですものね。私は彼が贔屓で、点が甘くなるかもしれない。なんて断りを一切入れなくても良い出来栄え。声よし、姿よし。花道の七三で、例によって見えを切るのだけど、実に大きかった!あの衣装、さぞ重かったでしょう。でもそれを感じさせない見得の決まり方。彼の本気度が窺えた。

この「毛抜」、2014年12月、歌舞伎座海老蔵のもの、「市川海老蔵五役相勤申し候」をみている。ブログにもアップしているので、リンクしておく。

そりゃ、あなた、海老蔵と同格に競ってはかなうはずもない。巳之助はその点、きわめて謙虚。でも、そこは歌舞伎役者、なんとしても自身の存在感をアピールしますよ。彼の場合は、この訳のわからない一連の(なぜ姫の髪が逆立っているのかをはじめとする)疑問を、きわめて「あっさりと」解読してみせるというところ。「持って回った解決法」を一切無視。あくまでも「科学的」な解読をしてみせる。それもいかなる「思い入れなしに」。こういう点、まさに20代の役者ですね。おそらく年長の歌舞伎ファンは受け付けないかも。でもこれも一つの解釈。2014年に観た海老蔵の「毛抜」もかなりこれに近かったような。もちろん所作その他では、古典に倣っていた。だからこそ、面白かった。その齟齬が。そこに生まれるmovementが。

私たちは、非常に劇的な転換期に立ち会っているのかも。社会的、政治的に、大きな変動期に私たちは居る。ちょうど江戸の庶民たちが直面していたように。演劇も「immune」ではいられらない。この「毛抜」も、そのひとつの現象として捉えられるかもしれない。

市川宗家の演目だというのが、細部のこだわりにみてとれる。巳之助の腰にさした刀の束は三枡だった。また彼の裃の上と下にこれまた三枡のロゴが。こういうのを見ると、「なんて、封建的!」っていう人もいるかもしれない。でもね、それが歌舞伎なんです。それを受け入れないんであれば、歌舞伎観劇は止さなくっちゃ。