yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『勧進帳』 in 「當る申歳吉例顔見世興行」@京都南座12月15日

以下、「歌舞伎美人」からの「配役」と「みどころ」。

<配役>
歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
武蔵坊弁慶   海老蔵
源義経     壱太郎
亀井六郎    市蔵
片岡八郎    男女蔵
駿河次郎    九團次
常陸海尊   家橘
富樫左衛門    愛之助    

<みどころ>
能の『安宅』を素材とした長唄の舞踊劇である『勧進帳』は、七世市川團十郎が初演しました。知勇を兼ね備えた偉丈夫である弁慶は、せりふ、芝居、舞踊の技量に加えて、荒事の力感を要求される屈指の大役。これに対する富樫は、颯爽とした風情と容姿、そして巧みなせりふ回しの技術が求められる役です。

前半は、弁慶の勧進帳の「読み上げ」と富樫と弁慶による「山伏問答」、後半は延年の舞を見せた後、富樫への感謝の意を示し、幕外の飛び六方を踏んでの引込みとみどころにあふれた歌舞伎十八番の内でも屈指の人気作です。清新な顔合わせにご期待ください。

弁慶を海老蔵、富樫を愛之助という、これと同じ配役の『勧進帳』を2013年1月の「新春浅草歌舞伎」で観て、記事にしているのでリンクしておく。

ひとことでいうと、かなり失望した。というのも、海老蔵の声に伸び、艶がなかったから。3年前にはあの語尾の特徴的な決めの台詞、それの口跡がもっと明瞭だった。3年間、進歩がなかったって、どういうことなんだろう。若さが減った分、それを技量で補って行かなくてはならないのに、それが出来ていなかったということだろうか。

それにしても歌舞伎役者というのはつくづく因果な商売(?)だと思う。こういう風に以前の自分が演じた役を再び演じ、それが以前のものより優れていなければ酷評されるんだから。同情はするのだけど、やっぱりこれは困る。弁慶は特に海老蔵の父の團十郎、そして吉右衛門幸四郎といった先輩たちがそれぞれの解釈の「弁慶」像を立ち上げ、成功して来ている。観客は、それらとは違った「弁慶」を海老蔵が創りだしてくれることを、当然のことながら期待する。特にかれが最早「新米」ではなく、中堅役者になっているからなおさらである。

今までに観た弁慶で突出していたのは、なんといっても吉右衛門のものだった。もちろん團十郎のものも良かった。でも、吉右衛門の弁慶は色気の点で他のどの「弁慶」をも凌駕していた。あの色気は彼独自の役解釈から出て来ていたのだと思う。それを他の役者が真似をするのは難しいし、また意味に乏しいかもしれない。でもそれをまず真似て、それに独自の解釈を施し、その上で「弁慶」像を呈示してみるということは可能だろう。海老蔵の弁慶にはその「チャレンジ精神」的なものが薄かった。「延年の舞」なんて、それを示す絶好の機会だったのに、それが活きていなかった。冒険こそが、色気にを醸し出すきっかけになるのだと思う。海老蔵の弁慶はあまりにも小さくまとまりすぎていた。パワーがなければ、そこに色気も生まれない。

そして愛之助の富樫。浅草歌舞伎の折にもその保守性にがっかりしたのだけど、今回もそれは同じ。もっとつっこんだ解釈をして欲しかった。仁左衛門も以前に富樫を演じている。おそらく、彼の指導も仰いだのだろう。その上で、なにか愛之助にしか出せない、彼独自の解釈をみせて欲しかった。これじゃ3年前と同じか、むしろ退行していた。とくにがっかりしたのが、富樫が弁慶一行を義経が通すという「決断」をするところ。一行の強力が義経と察知した上での決断である。一行を通せば、いずれ自身が裁かれる。それでも弁慶の忠誠心を尊いといと感じ入った富樫。身に降りかかる裁きを承知で、通すのだ。男の友情、共感、そういうものが彼の身体から滲み出ていなくてはならない。愛之助の富樫にはそれが感じられなかった。

壱太郎の義経は危なげなかった。でもそれがいささか不満。孝太郎の義経と比べるのは酷かもしれないけど。もうすこし「味」があっても良かったのでは。今まで観た中で最も良かったのは、雀右衛門義経。後ろ向きに佇んでいるその姿にも、兄に追われて行く悲哀、それにもかかわらず(というか、それだからこそ)人を惹き付けてやまない美しさがあった。目に浮かぶ

四天王の中では、常陸海尊の家橘が良かった。

この日、終わったのが9時10分。たまたまカメラを持っていたので、「まねき」を撮った。去年も南座の「まねき」を撮り、このブログにアップしている。あちらは昼、今度は夜。それと今度のものは公演引けの観客も写り込んでいる。スゴイ人の数!

正面

左手

右手

引けの客たち