yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

勘三郎の遺志を継いで勘九郎・七之助が「平成中村座」を大阪で

「大坂の陣400年記念『大阪平成中村座』」と銘打っての公演。先日から勘九郎がメディアに頻繁に登場、この公演のPRをしている。なんでも橋下市長にも会って、激励を受けたとか。公演期間は10月25日(日)から11月26日(木)までと、普通の歌舞伎公演とちがいイレギュラー。松竹サイトにあった公演チラシをお借りする。

演目をみてあまり気乗りがしなかったため躊躇していてチケットをとるのに出遅れてしまった。3週間前時点ですでに一等(竹)の良席はなくなっていた。仕方ないので「梅」の2階席。よく見えるのか不安だけど、仕方ない。夜の部は『俊寛』に食指が動かなかったので、昼公演のみ。

『狐狸狐狸ばなし』をどうしても観たかった。これは新派ではよく演じられている演目。水谷八重子とともに新派の看板女優をはっている波乃久里子は故勘三郎の姉、つまり勘九郎、七之助の伯母になる。もちろんこの芝居にも出ていた。

と思っていたら、故勘三郎が2008年から数回にわたって「歌舞伎」として上演していたことを知った。残念ながら私は観ていない。そういえば、彼の「聞き語り」の中に姉の久里子から、「これを演ったら?」と勧められた旨の話が載っていたような。検索していたら、以下の記事に出くわした。勘三郎が遺した「赤坂大歌舞伎」についてのもの。

「赤坂大歌舞伎」は、2008年、十八代目中村勘三郎の“芸能の街・赤坂で歌舞伎を!”という一言から始まった。その際演じられた“世話物”の傑作『狐狸狐狸ばなし』/松羽目物『棒しばり』は、これまで歌舞伎を観たことがなかった層の関心をも喚起し成功を収めた。

勘九郎さん、しっかりとお父上の「路線」を継承しています。もちろん「赤坂歌舞伎」もそうだけど、演目でも然り。今月歌舞伎座で観た『棒しばり』もその路線上のもの。それにこの『狐狸狐狸ばなし』とくれば、彼の熱意のほどが窺えるでしょ?

でもね、意外だったのが主人公の伊之助を演じるのが勘九郎ではなく扇雀であること。勘九郎は又一。七之助は伊之助女房のおきわ。これについて扇雀自身のインタビュー記事が「歌舞伎美人」に載っている。以下。

聞き手:これまでに扇雀さんは、又市とおきわをなさっています。伊之助は、ずっと(十八世中村)勘三郎さんがお勤めでした。
扇雀:「まさか伊之助を演じることになるとは、考えてもいませんでした。お話をいただき、北條秀司先生の戯曲を改めて読み直しました。初演は昭和36(1961)年2月の東京宝塚劇場で、伊之助は森繁久彌さん、おきわは山田五十鈴さん、重善は十七世中村勘三郎のおじさん、又市は三木のり平さんでした。森繁さんが伊之助をどう演じられたかを想像してみると、勘三郎のおにいさんの伊之助の雰囲気には、森繁さんとご自分の味とが混ざっていたように感じました」

聞き手:もともと歌舞伎ではなかった作品ですが…。
扇雀:「初演の台本にも目を通しましたが、北條先生は下座(黒御簾音楽)や拍子木を用いるなど、全部を歌舞伎風にと指定してありました。おきわの山田さんも、歌舞伎を演じることができる女優さんでした。北條先生も、歌舞伎としても成立するようにお書きになっていますので、歌舞伎俳優も、いつものように演じればいいと思います」

配役は以下。

手拭い屋伊之助 中村 扇 雀
女房おきわ 中村 七之助
雇人又市 中村 勘九郎
福造 中村 国 生
屋台そば屋 中村 虎之介
おいね 中村 歌女之丞
おそめ 片岡 亀 蔵
法印重善 中村 橋之助

他の演目は『女暫』、『三升猿曲舞』となっている。『女暫』の巴御前が七之助というのは至極妥当だろう。他の並みいる先輩以上の演技が観れることを期待して。

そういえばこの平成中村座、勘三郎が「コクーン歌舞伎」や「赤坂歌舞伎」で共演した仲間たちが打ち揃って出るんですよね。実際の舞台を見逃している私としては、それも楽しみ。