yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

フルート:野津臣貴博、ピアノ:中川美穂 マグノリアサロンコンサート@逸翁美術館マグノリアホール8月8日(土)14時開演

マグノリアサロンコンサートは今回が4回目。いつもレベルの高い演奏者の方々、後援の阪急文化財団の力の入れ方が分かる。

このコンサートシリーズの楽しみのひとつが、演奏者が演奏する曲の背景や由来、そこにご自分の体験を絡めて解説して下さること。新しい視点が拓け、とても「勉強」になる。

フルートの野津さん、現在は大阪フィルハーモニー交響楽団の主席フルート奏者。相愛大学をはじめ、いろいろな大学でも教鞭を取られているだけあり、解説が極端に専門的ではなく、それでいて抑えるべきところはきちんと抑えてあり、分かり易かった。ただしこちらのキャパでは一度では吸収できないくらいの情報で、すべて消化できた(できる?)かどうかはこころもとないけど。

曲目一覧とお二人の履歴を載せたチラシをアップしておく。

フルート演奏はちょうど4年前にエミリー・バイノンさんのものを聴いたのが最後。その折にもドビュッシーが入っていたけど、今回はチラシにあるように、「牧神の午後への前奏曲」からコンサートが始まった。この曲はマラルメの詩にドビュッシーが曲をつけたもの。二人には交友関係があった。以下はWikiからのこの曲解説。

夏の昼下がり、好色な牧神が昼寝のまどろみの中で官能的な夢想に耽る"という内容で、牧神の象徴である「パンの笛」をイメージする楽器としてフルートが重要な役割を担っている。牧神を示す主題はフルートソロの嬰ハ音から開始されるが、これは楽器の構造上非常に響きが悪いとされる音であり、なおかつ音域は華やかでない中音域である。しかし、ドビュッシーはこの欠点を逆手にとり、けだるい、ぼんやりとした独特な曲想を作り出すことに成功している

たしかに印象としてはぼんやりしていた。籠ったようなそんな響き。それは意図的だったんですね。こういう曲調は印象派のものというより、もっと実験的だったのかも。ドビュッシー自体は印象派に分類されるらしいのだけど、マラルメとの交遊を鑑みると、主題の面では象徴主義の影響を強く受けていたのだろう。ぼんやりしている癖に、どこかトンガッタ感じがするのはそこに由来しているのかもしれない。

「牧神」(Faun)といえば、ウィリアム・フォークナーの処女詩集、『The Marble Faun』(1924)をいつも思いだしてしまう。私の修論はフォークナーについてのものだった。遥か記憶の彼方になっているけど。若手でフォークナー作品と伝記とを読む読書会にケッコウ長く参加していたことがあり、その折にもたしか読んだ。フォークナーにとってのこの詩集、後の「大作家」になる布石ではあったのだけど、彼自身が認めているように詩よりも小説に向いていた。その点では三島由紀夫との共通項をみてしまう。

F. マルタンという作曲家については初めて聞いた。野津さんの解説が非常に興味深かった。フランク・マルタンジュネーヴ生まれ。プログラムリストの作曲家の中では 一番若い。それだけにもっとも現代音楽に近い。というか現代音楽。旋律がまるで違う。Wikiの解説は以下。

マルタンは、シェーンベルクの十二音技法を独自に発展させた。ただし、調性破壊や表現拡張の手段としてではなく、あくまで旋律の可能性を豊かにするための道具立てと見なしていた。このためマルタンは調性に固執し、無調には反対した。

野津さんもその解説で「調性音楽」ということばを使われたのだけど、この用語、初耳だった。ざっとした説明でも革命的な音律だったことが分かったのだけど、一応この用語をWikiで当たってみた。

調性音楽(ちょうせいおんがく)とは、19世紀終盤又は20世紀初頭以降の「無調音楽」の登場によりその対の概念として整備された音楽上の概念であり、狭義には長調または短調による機能和声に基づいた音楽を指し、広義には何らかの中心音が存在する音組織に基づいた音楽のことをいう。西洋16世紀のポリフォニー音楽の複雑化は、結局技法の困難さと共に中心音を浮かび上がらせる結果となり、17世紀の器楽曲の発展によって調性音楽が生まれることとなった。 当初は、狭義の用法のみを調性音楽として旋法性は排除されていたが、現代では旋法も包括して調性音楽とする広義の用法も定着している。長調短調教会旋法や非西洋の民族旋法などを含め、中心音の存在する音組織のことを包括し調性と呼ぶことも多い。

野津さんによると、現代のポップスはこの「調性」を外したものが多いのだとか。なんとなく納得?

最後がバッハのソナタなので、ほっとしたのも本音。「調性音楽」の権化のような作品ですものね。それでも野津さんの解説にあったように、第三楽章の軽やかさには、当時の常識を超えた祝祭性がたしかに感じられた。バッハという人はかなり「変わり者」だっという説明が付いた。大昔に彼の妻、アンナ・マグダレーナ・バッハの日記を読んだことがあるけど、そんなに変わり者として描写されていたっけ?

最後に野津さんご使用の楽器について。彼が使っておられるのは145年前にパリで製作された、「ルイ・ロット」という名器だとのこと。といわれても、私にはピンと来ず、スミマセン。でもとても値打ちのある貴重なものであることは分かった。音色がすゞやかだった。