yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『雪之丞変化(ゆきのじょうへんげ)』@中日劇場4月20日昼の部

副題は「市川猿之助早替り並びに宙乗り相勤め申し候」。

前日19日の夜の部、『新・八犬伝』では市川右近による宙乗りをみたのだけれど、その折に隣席に座られた方から、お昼の部の方が迫力があったと聞いていた。実際にその通りだった。猿之助のサービス精神を目撃した気がした。ただ、ただ感激。中日劇場はいわゆる歌舞伎の小屋ではないので、天井がやたらと高い。それを逆手にとった宙乗りという点で、歌舞伎座や松竹座でみるより、数段迫力があった。

ワイヤーが天井に斜めに通されている。宙乗りをする猿之助はそれに吊るされて舞台上手前方から下手後方へと移動するのだが、前方から後方へ向けて半分程度行ったところで来た距離の半分くらい逆戻り、一階客席のかなり近くまで下方向に降りる。それからまた上に上がり、後方に移動。今度は二階席の上で客席の客の頭すれすれ位にまで降りる。そしてまた上に戻って、最後に引っ込む。この客席すれすれにまで降りるというところに、心から感動した。かなり不安定な態勢だったとおもうのだけど、あえてそれをやってのけた。この近さから来る迫力!それを十分に計算してのものだったのだろう。こういう演出は猿之助が演出そのものに深く関わった結果だと思う。彼がどの方向に行こうとしているのが、この一点だけでも分かる気がする。

そしてこの演目。『雪之丞変化』なんて、ふつうの歌舞伎の舞台には乗らないものだろう。映画では衣笠貞之助市川崑といった美意識の際立って高い監督たちが映画化している。その衣鉢を継いで、というかそれを舞台ならではの演出で、映画を超えるものを示そうという意欲が漲っていた。そしてそれは成功していた。

もう一点、彼の方向性が見えたと感じたのは、澤瀉屋の役者だけでなく、歌舞伎の若手を多く起用していること。私の大好きな巳之助をはじめ、米吉、萬太郎、隼人、種之助、梅丸である。彼らがいかに有望な役者であるかは、この目で確かめている。この狂言では米吉のお初が優れて良かった。もう何度も唸った。

またバックに使われていた音楽にも驚いた。まるで大衆演劇の芝居をみているかのような、現代的な音楽が使われていたから。もちろん歌舞伎の音曲もあり、それにバロックの演奏も入ったりと、ちょっと節操がないと思えるような和・洋、それに新・旧の音楽の組み合わせ。これが不思議とこの芝居に合っていた。奥行きが出ていた。

内容的にもこの混淆がはまっている。場所は西洋文化の入り口であった長崎から江戸とまたがっている。そもそも、原作者の三上於菟吉自身が早稲田の英文出身で、Wikiと『筋書』によると、この話そのものが、「ジョンストン・マッカレー『双生児の復讐』のプロットを下敷きにした復讐もの」だそう。下敷きになっているのが、アメリカの小説なんですからね。あのオー・ヘンリーの作品を下敷きにしたという『上州土産百両首』と同じ系譜ですよ。こういう目の付け方がいかにも知的な猿之助

若手の若い身体がなじむような作品を、カゲキともいえる若々しい演出で舞台化したということで、この作品は歌舞伎の歴史に残ると思う。先代猿之助は旧態依然とした歌舞伎に風穴をあけようと腐心し、それにそこそこ成功したけど、現猿之助も伯父とは違ったアプローチで果敢に硬直化した伝統に挑もうとしている。おそらく反対もあるだろうけど、この路線を変えることなく行って欲しいと願っている。以下は「歌舞伎美人」からの借用。

<配役>
中村雪之丞/母ゆき/闇太郎 市川 猿之助
脇田一松斎 市川 門之助
土部駿河守後に土部三斎 市川 男女蔵
むく犬の源次 中村 萬太郎
門倉平馬 坂東 巳之助
中村菊蔵 中村 種之助
軽業のお初 中村 米 吉
丑三ツの次郎 中村 隼 人
三斎娘浪路 中村 梅 丸
広海屋藤兵衛 嵐  橘三郎
侍女滝乃 澤村 宗之助
おもと 坂東 竹三郎
孤軒先生 市川 右 近
中村菊之丞 片岡 愛之助


<みどころ>
 歌舞伎の人気女方・中村雪之丞。その素顔は、濡れ衣で家族を失い、復讐の機会をうかがう剣術の達人。義賊・闇太郎と共に、恨みを晴らすべくわが世の春を謳歌する悪党たちに立ち向かう――。
 舞台や映画で先人たちが何度も手がけてきた名作が、今回、市川猿之助のために新たに書き下ろされた作品としてよみがえる。

猿之助の四役がとにかくみごとだった。特に雪之丞が女形を演じるところ。ふだんあまり色っぽいと彼のことを感じたことがなかったけど、この入れ子構造的な役を演じて、めっぽう色っぽかった。サービスの極めつけが、劇中で披露された、『関の扉』(積恋雪関扉)。この小町、すばらしかった。もう一つの劇中歌舞伎が『本朝廿四孝』。猿之助が演じるのはもちろん八重垣姫。彼はこれを以前に演ったことがあるんだろう。「翼がほしい、羽根がほしい、とんでゆきたい、知らせたい」という台詞が真に迫っていた。もちろんこれは劇中の彼、雪之丞の思いと被っているわけだけど。

若手役者では、前述したように米吉のお初がすばらしかった。夜の部の『新・八犬伝』ではお姫様役だったのでふつうの女形だったのに、こちらでは鉄火なスリ役なんですからね。この人が頭の良い人だというのは、今年の浅草花形歌舞伎での口上で分かっていた。お初をやるにはかなりの計算が要るけれど、それをなんなくクリア。彼ならではのお初像を築いていた。

巳之助はいわゆる「カッコいい」役ではなかったにもかかわらず、というかそれゆえに?逆に目立っていた。ちょっとひねくれ者のワル役。かなりいれこんで演じたのでは。あの良い声がかすれ気味だったから。一同がそろう舞台最後のシーンではその他大勢の一人として再登場。お客さんの拍手を浴びていた。

種之助はこういうワキをやるととても上手いことが分かった。『新・八犬伝』の痴呆若殿、里見義成もリアリティがあった。

梅丸の浪路もとても可愛くて、雪之丞が惚れ込むのも無理ないというほどの可憐さだった。