yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

木村錦花著『明治座物語』——役者、劇場間の抗争

『野田版 研辰の討たれ』をかなり前にシネマ歌舞伎で観ていながら、なかなかレポが書けなくて、やっとその気になり、この『研辰』の作者、木村錦花について調べようとネット検索をかけたら、「歌 舞 伎 素 人 講 釈 ◆〜私の観劇ノート〜」というブログに行き当たった。とても興味深い内容で、それ以外の記事も読みふけってしまった。2008年8月以来更新が止まっている。心配。

このブログ記事で興味深かったのは木村錦花著の『明治座物語』についての記事、「劇場間抗争の面白さ―木村錦花『明治座物語』

明治座が革新的な劇場運営の先駆けで、モデルを作ったと、初めて知った。面白かったのはタイトルにあるように、劇界の内幕。守田勘弥引き入る新富座との抗争があまりにも劇的。というのも役者を巻き込んでのもの、挙げ句の果てに伊藤博文なども関わってくるというのだから、「壮大な」抗争。現在の松竹による歌舞伎の一極支配では考えられない抗争。このブログの著者さんはそれを以下のように評価している。

よくよく考えれば、こういった競争、引き抜き、裏切りなどは、実は劇界の日常茶飯事だったのである。そしてそれがある意味、劇界を活性化していたことも事実だ。

この記事を読んで、池波正太郎の随筆集、『私の仕事』中の「新しい世界」にも戦後の歌舞伎界での主要な役者の間の軋轢が描かれていたことに思い至った。特に初代吉右衛門の率いていた「吉右衛門劇団」でのそれ。吉右衛門は自身のいなくなった後、劇団の三人の実力役者、幸四郎歌右衛門勘三郎が一丸となって、劇団を維持して行くことを願っていたという。ところが彼の死後、この三人はばらばらになった。歌右衛門が独立、幸四郎は松竹を脱退、東宝に移ったのだという。吉右衛門の弟子だった又五郎はこれを憂いて、なんとか三人をまとめようと骨折ったらしい。若い弟子、役者を育てるにはそれしか方法がないと思い定めて。でもやっぱりうまく行かなかった。

池波正太郎がこれを書いていたとき、彼自身と新国劇との関係を重ね合わせていたに違いない。その章もこの随筆集に入っているけど、彼自身が深く関わってきていた新国劇の場合、かなり強い失望感が色濃く出ていて、読んでいても辛いほど。