yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

『吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)』in「二月大歌舞伎」@歌舞伎座2月6日昼の部

行く予定にはしていなかったのに、急遽決定。あまり良い席が取れないと思っていたら、けっこう良い席がとれた。昼は三階席下手の最前列。夜は三階席下手の脇の一番手前の席。遠征を決意した理由の一つが若手勢揃いの「寿曽我」を観たいがためだったので、この最初の演目にはなんとしても遅刻したくなかった。というわけで午前8時伊丹発のフライト。何度もこのフライトを使ってはいるけど、厳寒の中ではさすがに堪えた。でもこれが観れてよかった。

「歌舞伎美人」からのちらしが以下。

「歌舞伎美人」から配役を拝借する。以下。

『吉例寿曽我』
鶴ヶ岡石段の場
大磯曲輪外の場

<配役>
近江小藤太 又五郎
八幡三郎   錦之助
化粧坂少将 梅 枝
曽我五郎   歌 昇
曽我十郎   萬太郎
朝比奈三郎 巳之助
喜瀬川亀鶴 児太郎
秦野四郎国郷 国 生
茶道珍斎   橘三郎
大磯の虎   芝 雀
工藤祐経   歌 六

前の記事、「総評」にも書いた通り、これが一番良かった。というのも、梅枝、歌昇、巳之助、児太郎、国生、萬太郎といった若手が芝居の中核を占めていたから。又五郎錦之助歌六といった父親たちもそれをサポートし、活かすように演じていたこともある。演劇に演者の年齢がいかに大きな影響を及ぼすかを、あらためて感じた公演だった。昼夜を通して、この演目が良かったのは、勢いがあり、華があったから。それも年配、中堅が普段は演じている役を若手が担ったから。そこに一重にかかっている。

若手とはいえ、きちんとした実力を持った若手である。その辺の俳優やらタレントとは訳がちがう。生まれた瞬間から歌舞伎のディープな環境の中に育ち、否応なくそれを空気として息をしてきた人たち。彼らがたとえ、二十歳であろうが、二十五歳であろうが、その身体にはくっきりと歌舞伎のエッセンスが染み込んでいる。稽古の歴史が刻まれている。

期待を裏切らなかったのが、巳之助と歌昇。朝比奈三郎を演じた巳之助の声、お父様の三津五郎より良かったくらい。クリアでアーティキュレーションが明瞭、それにエロキューションもいい。大御所にもここまでの人はあまりいない。歌昇も五郎をそつなく演じていた。五郎の大きさを出すにはまだ貫禄不足かなと思わなくもなかったけど、それでもこれから期待できる逸材。1月の「浅草歌舞伎」の口上でこの二人の素に触れたことも、彼ら贔屓になる要因かもしれない。特に巳之助。チョー(古いか)変な人。大阪風にいうとオモロイ人。歌昇はそれとは正反対(?)の真面目な人。頭もいい。いいですね、このコンビ。

梅枝には2去年3月に南座でみた『吹雪峠』のおえん、『切られ与三』のお富、2013年3月新橋演舞場での『暗闇の丑松』のお米、さらには2013年2月、松竹座での「GOEMON」の石田局に感心した。さすが時蔵の子息。

「歌舞伎美人」からの「みどころ」が以下。

<石段での立廻りと曽我の世界を彩る様々な役柄が揃う一幕>
 鎌倉鶴ヶ岡八幡宮の石段前では、工藤祐経の家臣近江小藤太と八幡三郎が、謀反の企みが書かれた巻物の奪い合いをしています。所は変わり、彼方に富士山を望む大磯の廓近くでは、工藤が遊女大磯の虎たちを従え訪れています。ここへ曽我五郎、十郎兄弟が駆けつけ、父の仇の工藤と対面を果たします。
 曽我兄弟の仇討ちを題材にした「曽我物」より、“がんどう返し”という大掛りな舞台転換や暗闇での動きを様式化した“だんまり”などが見逃せない通称“曽我の石段”を上演します。華やかな舞台をお楽しみください。

あっと感心したのが、舞台装置。さすが新しい歌舞伎座、今までになかったみごとさだった。上の「みどころ」にある鶴ヶ岡八幡宮の石段がせり上がり、それが背後へと回転して次の場、富士山麓の大磯の廓になるという仕掛け。これには唸った。「みどころ」にあるように「がんどう返し」というそうな。