yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

玉三郎&海老蔵 in「二人椀久(ににんわんきゅう)」@歌舞伎座12月24日昼の部

今月の「「二人椀久」、今後しばらくは実現しないであろう当代随一の組み合わせ。

以下が「歌舞伎美人」から引用させていただいた「配役」と「みどころ」。

<配役>
松山太夫 玉三郎
屋久兵衛 海老蔵

<みどころ>
夢幻の中の逢瀬を描いた舞踊
 大坂の豪商椀屋久兵衛は、遊女松山に入れあげ、座敷牢につながれています。松山への恋しさのあまり正気を失った椀久は、松山を探すために牢を抜け出します。まどろむ椀久の前に現れたのは恋焦がれていた松山。二人はしばしの逢瀬を楽しみますが、松山の姿は消え、すべては幻だったと気づくのでした。
 幻想的な長唄の舞踊にご期待ください。

昨年の3月に菊之助(松山)/染五郎(久兵衛)の組み合わせで「二人椀久」を観ている。このときも二人の息の合った様に感動したことを思いだした。久兵衛の頼りなげな風情が染五郎のニンにぴったりだったし、菊五郎の無表情さが松山太夫のイリュージョン性を際立たせていた。菊五郎の正確な「手」に感心した。

今回の「二人椀久」、現在考えうる限りでは最高の取り合わせ。玉三郎の松山太夫はどこまでも美しく、その美しさ自体が幻であるかのよう。筋書についている写真でみると、きらびやかな衣裳を着た玉三郎が幻想的、抽象的な背景に鮮明に浮き上がっている。久兵衛との連れ舞の場面を切り取った写真では、凄絶なまでのしなやかさを魅せている。でも、不思議なことに、今想いかえすと菊之助のようにはっきりと残像としては残っていない。今までに観てきた玉三郎の舞踊とは違っているような気がした。おそらく意図的にこういう風にして、松山太夫の幻影に成りきっていたのかもしれない。

対する海老蔵はどちらかというと彼のニンではない「女々しい」役。かなり努力して役に成りきろうとしていたように思う。もしくは、彼のキャパが深化、拡大したのかもしれない。成功作とはいえなかった自主公演の『源氏物語』で光源氏を演じたことが、プラスになったのかな、なんて考えながら観ていた。以前のブログにも書いたのだけど、この舞踊自体が、(王朝貴族)の在原業平と松風の「もの狂い」舞踊を連想させるから。もちろんこちらの舞踊の背景は江戸時代で、久兵衛は貴族ならぬ豪商ですけどね。でも雰囲気は江戸というより平安朝のものだから。

この昼の部の二つ目と最後の三つ目の演目は、玉三郎のテイストで纏められていたように思う。『幻武蔵』だけでなく、この「二人椀久」も玉三郎の解釈に海老蔵が「従った」のではないか。結果は大成功だった。観客にとっては最近まれにみる幸運だったことになる。