yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

二代目 市川猿翁
四代目 市川猿之助 襲名披露
九代目 市川中車 壽 初春大歌舞伎@松竹座 1月10日昼の部

この日は毎年恒例の「宝恵駕行列」の日で、猿之助、中車が駕篭にのって今宮戎神社までお練りをした後、松竹座玄関前に到着したところに折よく行きあわせた。で、お二人が挨拶をするのをすぐ間近でみることができた。初春に相応しいめでたさ、そして賑々しさで、あたりの景色もだけれど、私の心もちまで明るくなった。その時の写真が以下である。

演目、配役は以下だった。

一、正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)

                曽我五郎       猿 弥
               小林妹舞鶴       笑 也


二、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)
                粂寺弾正       右 近
                八剣玄蕃       猿 弥
                腰元巻絹       笑三郎
                 秦民部       薪 車
                八剣数馬       弘太郎
                秦秀太郎       春 猿
                小野春道       竹三郎
                小野春風       門之助


  義経千本桜
三、吉野山(よしのやま)
          佐藤忠信実は源九郎狐  亀治郎改め猿之助
                逸見藤太       翫 雀
                 静御前       藤十郎


四、楼門五三桐(さんもんごさんのきり)
                真柴久吉  猿之助改め猿 翁
              石川五右衛門       中 車

最初の「正札附根元草摺」ははじめてみる踊りで、猿弥も笑也もさすが芸達者と思わせる充実した舞踊をみせてくれた。この二人ならではの息のあった掛け合いが随所に散りばめられていて、一人一人の踊りが単なる足し算としてではなく、掛け算のような重層的な厚みと奥行きをもって迫ってきた。さすがとうならされた。猿弥さんが手練なのはよく分かっていたのだが、笑也さんがその丈の高さを生かしつつも優雅にしなやかに踊るのには舌を巻いた。藤間紫花柳壽輔に薫陶を受けただけのことはあるんですよね。

あの有名な曽我兄弟の仇討ち譚が下敷きになっていて、血気にはやる五郎が鎧を携えて兄十郎の元へ駆けつけようとするところを、小林朝比奈の妹、舞鶴が引き止めるというもので、この二人の絡みを、江戸前の振りと長唄で見せる。初春を寿ぐめでたい演目だそうである。ぱーぁと舞台一面に広がる華やかさは、確かに1月の演目としてはぴったりだった。

二つ目の演目、「毛抜」は市川宗家十八番のひとつとしてあまりにも有名。以前に二度みていて、そのうちの一つは團十郎だったのだが、もう一つが誰のだったかが思いだせない。あのどちらかというとコミカルなニンとはほど遠い團十郎が、滑稽味を巧まずして出していたのに驚いたおぼえがある。この役、豪快ながらもいささか「スケベ」で、ぬけめなさそうでいて、どこかぬけているという英雄とはひと味違った役どころで、演じるのはさぞ大変だと思う。そのギャップを上手く顕すには、そこにいるだけで、その居ずまいだけで豪快さが出せる役者であるというのが条件になる。右近はそれには少々線が細かった。もちろん非常にがんばって演じていて、ちょっと涙ぐましいくらいだったのだけれど。その他の登場人物もすべて澤瀉屋猿之助スクールといった感があった。先代猿之助はこんなにすばらしい弟子たちを育て上げたんだと、あらためて感じ入った。演目としての難点はあまりにも長すぎて途中だれ気味だったこと。前にみた「毛抜」はもっと短く、ハイライト部分のみだったと思う。

三番目の「吉野山」もあまりにも有名な作品。先代猿之助で数回観ている。加えて勘九郎(先日亡くなった勘三郎)で二度ほど観た。先代猿之助の子狐は母恋しい子狐の気持ちが痛いほど伝わってくるような名演技だった。でもどこか「大人」が無理して演じているような感じはあった。勘九郎の子狐は、その仕草ひとつひとつが愛らしく、母親を慕う切なさがひしひしと伝わってくるものだった。観客が引き込まれ、子狐に同化したあまり思わず涙してしまうほどの情味あふれた演技だった。

そして新猿之助である。登場した瞬間、電流が流れたかのようにこちらをハッとさせるインパクトがあった。こちらは子狐は子狐でも、年齢で言うなら勘九郎狐よりもさらに年齢の下の狐である。可愛くて、愛らしい。それでいて過度な誇張を一切排している。演技の余分な贅肉を落とした分、よりその狐の、大げさにいうなら魂レベルの哀しみが、ひしひしとこちらの胸を打つ。その孤独が分ってしまうから。それを押し隠し、なんとか静御前に忠実でいようとする、その健気さが哀しくもあわれである。二重構造(?)になった子狐の心理(といって良いのかどうか分らないのだけれど)が観ている側に読み取れる、そんな演技を猿之助はしてみせた。それは先代とはまったく違ったアプローチだったように思う。あえていうなら歌舞伎的ではない、もっとモダンな何かを感じた。そう、ひとことでいうなら「知的」な演技なのである。玉三郎との共通点をみた。

逸見藤太役の翫雀ががんばっていた。新橋演舞場での『西郷と豚姫』のときにも感心したが、この人にコメディをやらせると、彼の右に出る人はいないだろう。上方特有のおかしみを苦労しないでも出せる人である。

お父様の藤十郎は相変わらず若々しく、お綺麗だった。でも足もとが危なっかしいことが何回かあって、ハラハラしてしまった。

最後の「楼門五三桐」はいわばご祝儀演目ということだったのだろうが、観客の注目はけっこうここに集まっていたのかもしれない。なにしろ四十を越えて歌舞伎役者に「挑戦」している中車が五右衛門で出るのだから。それも秀吉が父、猿翁なのだ。

華やかな舞台で、五右衛門の長台詞も負けず劣らずりっぱなものだった。実は数日前にテレビで放映されたこの親子の「確執」と現在を描いた番組をみたところだったので、応援する気持ちが強かったのだ。その番組中で中車がこの五右衛門の口切りの台詞、「絶景かな、絶景かな」を何度も何度も練習している場面があった。彼の凄まじいまでの意気込みが感じられる練習風景だった。その結果はこの舞台にみごとに結実していた。確かにまだ未熟なところ、コントロールが行き届かないところはあったけれど、それでもあの歳での初舞台にしては「上」がいくつも付くできばえだった。猿翁もさぞホッとしたことだろう。

その猿翁の秀吉もすばらしかった。まったく滞り、詰りがなく、見事な秀吉だった。あらためてこの人の器量の大きさを感じた。