yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

おいしい神戸のお蕎麦屋さん、「ふくあかり」

おいしいお蕎麦が食べたくて、阪急御影駅近くの食べログで高得点を取っているお蕎麦屋さん「ふくあかり」にランチを食べに出かけた。「ミニ懐石」を食べたのだけれど、予想に違わずというか予想以上の蕎麦と懐石を堪能した。お蕎麦もクセのない素直なものだった。懐石は軽いと同時にしっかりとお腹もちもよく、分量も適当だった。どれもおいしかったが、蕎麦のごま豆腐と海老の天ぷらが秀逸だった。奇を衒わないところ、それでいてオシャレな感じが神戸らしいと思う。そば湯で飲んだ出汁は人工のものを一切使っていないのが分る極め付きのおいしさだった。塩分をひかえているので、あまり飲めなかったのが残念。若いシェフさん(といっていいのだろうか、それとも蕎麦打ち職人さんというべきか)もとても感じがよく、是非ともまた行きたい。そう思わせるのも客席から厨房がみわたせるからで、昔のお蕎麦屋さんがそうであったように、客との「連帯感」のようなものが自然と生まれるからだろう。次回はお蕎麦のみに集中し、できれば冷酒三種セットと一緒に味わってみたい。

芦屋の「かぶらや」はミシュランで星を取る前に行ったことがあり、こちらもおいしいお蕎麦を堪能できた。「ふくあかり」よりもう少しお蕎麦の自己主張が強かったように思う。どちらが好きかは好みによるかもしれない。こちらはデイトレのカリスマかつグルメの馬渕一さんが贔屓にしているお蕎麦やさんでもある。

甲府の高校の寮に入っている息子を訪ねた折に、中央線の塩尻駅で列車の接続待ちをした。かなり時間があったのとちょうど昼時でもあり駅に隣接するちょっと格式のある構えのお蕎麦屋さんに入った。軽く「ざる」を頼むつもりだったのだが、メニューの一番安いのが1700円だった(と思う)。仕方なく頼んだのだが、蕎麦にいろいろ付け合わせが付いてきたのにも驚いた。そしてその蕎麦のおいしかったこと!それまで食べてきた蕎麦(「うどん文化」の関西人なので、集中して食べたことはないのだけど)とはまるで次元が違っていた。あの信州蕎麦(?)のおいしさを求めて通販でとりよせしたのだが、何か違う。「ふくあかり」も「かぶらや」もどちらもあの塩尻の蕎麦よりも「軽く」、洗練されている。塩尻の蕎麦は「これが蕎麦だ!」という強烈な自己主張があった。蕎麦の薫りが支配していた。そのためだけにでも長野に出かけて行き、味わってきたいと思ったりしている。でもその店はもう閉店したようで、そうなると、わざわざ出かけてがっかりするのもつまらないかとも思う。