yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

服部幸雄さんの歌舞伎論の根幹にあるもの

服部幸雄さんの著書を調べた。単書としては著作は以下のものである (以下Wikiからのリスト)。

歌舞伎成立の研究 風間書房 1968
歌舞伎の構造 伝統演劇の創造精神 中公新書 1970
歌舞伎の原像 飛鳥書房 1974
変化論 歌舞伎の精神史 平凡社 1975
市川団十郎 江戸歌舞伎十一代の系譜(日本を創った人びと 20)平凡社 1978
江戸歌舞伎法政大学出版局 1980 『江戸歌舞伎岩波書店・同時代ライブラリー、1993
大いなる小屋−近世都市の祝祭空間 平凡社 1986年・ライブラリー版1994
さかさまの幽霊−<視>の江戸文化論 平凡社 1989年・ちくま学芸文庫版1995
歌舞伎のキーワード 岩波書店岩波新書] 1989
江戸の芝居絵を読む 講談社, 1993
歌舞伎歳時記 新潮社・選書 1995
江戸歌舞伎の美意識 平凡社 1996
花道のある風景 歌舞伎と文化 白水社 1996
歌舞伎ことば帖 岩波書店岩波新書] 1999
絵本夢の江戸歌舞伎 岩波書店 2001
市川團十郎代々 講談社, 2002
江戸歌舞伎文化論 平凡社 2003
歌舞伎の原郷 地芝居と都市の芝居小屋 吉川弘文館 2007
絵で読む歌舞伎の歴史 平凡社 2008
宿神論 日本芸能民信仰の研究 岩波書店、2009

何冊か既にもっているのもあるので、『さかさまの幽霊』、『歌舞伎の原郷 地芝居と都市の芝居小屋』、『宿神論 日本芸能民信仰の研究』、『歌舞伎の構造 伝統演劇の創造精神 中公新書 1970』の4冊をアマゾンで注文した。うち2冊は古書である。

遺作になった『宿神論』についてはサイト(http://www.rakugo.com/hattori_yukio/)があった。学者としていかに優れた方だったのかが伺える。このサイトを立ち上げられたのは川添裕 (本名、古谷祐司)さんという方で、日本文化史がご専門の横浜国立大の教授である。川添さんのこのサイトでの服部先生の紹介文の、「(服部先生の研究は)たんなる歌舞伎研究にはとどまらず、中世の猿楽へ、芸能と芸能民の始原へ、わが文化と心性の深遠へと、対象を見つめれば見つめる程どこまでも遡らざるをえなかった先生の文化史研究のありようが最もよくあらわれた論文」という箇所に、なるほどと思った。

大学の研究者が本や論文を書くとその専門性を「極める」というところに重点が置かれるため、どうしても重箱の隅をつつくようなものになってしまいがちである。それでは一般の人には理解してもらえない「ひとりよがり」にしかすぎない。しかし、服部幸雄さんのものは専門性を極めつつ、研究対象の背景となっている世界観を捉え、それを描出しようという姿勢、そしてそれを一般読者にも伝えるとい強固な意思が伺える。その姿勢、意思は、専門の狭い領域に特化しがちな研究者の間ではかなり特異な存在だったのではないかと思う。

私が彼の著書で一番感銘をうけたのは『大いなる小屋』だった。副題に「祝祭空間」という語が入っていることから分かるように、当時外国文学研究に大きな影響を与えていたロシアフォルマリスト、そしてバフチン、日本の研究者では文化人類学山口昌男さんらの思想に関心をもっておられたのだろう。もう亡くなられたけど、日本文学者では前田愛さんのトポス論にも関心を持っておられたはずである。

そういう姿勢が、歌舞伎を論じる場合でも歌舞伎そのものだけではなく(その分野でもずばぬけて優れた論考をのこしておられるけれど)、それが芸能として発生、成立した背景、その担い手となった芸能民への視線へと行きつかざるを得なかったのだと思われる。

私は今歌舞伎とその出自が共通している大衆演劇の発生、発展、現状に関心があるので、服部幸雄さんがそのあたりをどう分析されているか、著書を読むのが楽しみである。