yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

ベルリンの華ヴァリエテ、ヴィンター・ガルテン 1月11日

今朝のNHK教育、ドイツ語のコースでベルリンのヴィンター・ガルテン、ヴァリエテの紹介をしていた。思わず見入ってしまった。

マグニフィセント!としかいいようのない壮麗さプラス豪華絢爛だった。1920年代のベルリン文化の粋を集めた建築、内装、そこではきらびやかなショーが毎晩のように開かれ、ベルリンっ子のみならず海外からも人が集っていた。食事やお酒を楽しみながら、舞台でのパフォーマンスに歓声をあげ、拍手していたのだ。

丁度第一次大戦と第二次大戦の間の時期、劇場を一歩出れば不穏な世界情勢を反映した不安が満ち満ちていたはずである。第一次大戦では敗戦だったドイツ、経済的にも苦しい状況が続いていたし、それがやがてはナチスの台頭へと繋がってゆくのだけれど、そういう空気とはまったく無縁であるかのような場所が存在したのだ。いや、むしろそういう不安を抱えていたからこそ、人はそういう場を求めたのではないか。

番組で紹介されていたのは、第二次大戦中に破壊されたものを再建した建物だった。できるだけもとの劇場の形を残そうとしたようで、そのひとつが天井につけられた3000個!の電球だった。プラネタリウムをはめ込んだような天井。もとの劇場ではそこから夜空の星が見えたという。再建された天井もまるでほんものの星空のようだった。

劇場の支配人が番組ガイドの女性(この人も芸人でこの舞台で踊ったことがあるとか)を案内して行く。舞台に向かって真ん中の席を取り囲むようにバルコニーのある、まるでオペラ座のような造りになっていて、それぞれに食事ができるようテーブル席が設けられている。なんという贅沢!

番組で(ほんの数分だったけど)実際のショーが紹介されていた。モスクワからきた空中ブランコを初めとする曲芸が披露されて、素晴らしい芸に客席からは大きな拍手が沸き起こっていた。華やかで楽しくて、そこにいれば世の憂さを忘れるのは間違いない。これこそまさに大衆演劇の世界と通じるものがあった。

宝塚歌劇でも『ヴィンター・ガルテン』というショーがあったということで、検索したら出てきた。宝塚に住んでいることだし、もしまたやることがあったら見に行こうと思う。

ショックだったのは、このヴィンター・ガルテン、2009年に閉鎖されたという。ベルリンに行ってももう見ることが叶わないのだ。残念。

ググッたら、興味深いサイトhttp://www.theaterforschung.de/annotation.php4?ID=777&PHPSESSID=00983afb466) に行き当たった。

ドイツ語で書かれた本の紹介だけど、著者は日本人。タイトルは『Berlin & Tokyoーー Theater und Hauptstadt ベルリンと東京ーー;劇場と都市』。以下日本の各章のタイトル。

目次
1. ベルリン・江戸の都市構造の歴史的変化と劇場の展開
1-1. ベルリンの市壁の変化と都市史
1-2. 市壁と商業劇場の展開-宮廷劇場と民営劇場
1-3. 江戸の都市構造-運河、寺院、墓所
1-4. 江戸の芝居行政と芝居町-興行権の世襲制
1-5. ベルリンの庭園劇場の相貌
1-6. ケルフ一族による興行権の世襲

2. ベルリンと東京における劇場の自由化
2-1. 1870年代初めのベルリンの劇場風景-証言者としての岩倉使節団
2-2. 1869年営業自由化以前の劇場制限
2-3. 劇場自由化の導入
2-4. ベルリン劇場風景の急激な変貌
2-5. 1872年の劇場自由化と東京の劇場風景の変化
2-6. 変わらない歌舞伎の伝統-一人のフランス人の証言
2-7. 新富座の実験-芝居小屋と西洋化

3. 都市計画と劇場-安全な劇場のディスクルス
3-1. 演劇改良の必要-ロンドン日本人村と『ミカド』 上演
3-2. 演劇改良会の設立とヨーロッパ型劇場
3-3. 演劇改良会批判と森鴎外の演劇改良
3-4. 1883年のベルリン衛生学博覧会と模範劇場
3-5. 森鴎外の『劇場の雛形』 -ベルリンの模範劇場の紹介
3-6. 1881年ウィーン・リング劇場火災の大惨事とベルリンの火災条例強化
3-7. ベルリンのトーンハレ劇場と都市劇場の閉鎖
3-8. 「本当の劇場」 をめぐる論争-レッシング劇場と歌舞伎座

4. 劇場地図から見る都市の展開と劇場立地の変遷
4-1. 1850年代から1880年代までのベルリンの劇場展開
4-2. 天保年間から1880年代までの江戸・東京の劇場展開
4-3. ベルリンと東京の人口動態とシティーの形成
4-4. 1890年代から1920年代までのベルリンの劇場展開
4-5. 1890年代から1920–30年代の東京の劇場展開

5. 都市近代化と劇場立地
5-1. 官庁集中計画とベルリンの建築家
5-2. 都市からメトロポールへ-産業化の中核と国民意識高揚の舞台
5-3. ベルリンと東京の鉄道網の発展
5-4. ベルリン中心部の劇場展開-メトロポール劇場とマックス・ラインハル トの登場
5-5. 東京中心部の劇場展開
5-6. 西に拡大するベルリン-シャルロッテンブルクの劇場展開
5-7. 浅草の劇場展開

6. 映画の登場-演劇と映画の競争と共生
6-1. ベルリン最初の映画上演-ヴァリエテと映画
6-2. ヴァリエテ・プログラムのなかの映画上演-法律上の問題
6-3. 劇場認可かヴァリエテ認可か?-ヴィンターガルテンの決断
6-4. 劇場認可を映画館に適応できるか?-ベルリンの劇場認可問題
6-5. 東京における演劇と映画の共生
6-6. 影絵と映画
6-7. 映画館に劇場認可-劇場構成員の失業問題

7. 商業劇場の全盛と衰退
7-1. ベルリンにおける劇場経営破綻と新しい法的措置
7-2. 保証金制度の導入と劇場の資本主義化
7-3. 新しい標語としての「商業劇場」
7-4. ベルリンにおける劇場のコンツェルン
7-5. マックス・ラインハルトと東京の演劇界
7-6. 東京における劇場のコンツェルン化の拡大
7-7. 商業劇場の危機
7-8. ベルリン商業劇場衰退を目撃した三菱マン
あとがき

江戸とベルリンの劇場を時間軸、空間軸両方で比較している本のようだ。昨日、日本の大衆演劇の興行制度の理不尽さに腹を立てたところだったので、第7章、ぜひ読んでみたい。