yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート 1月1日

今NHKで中継中である。

日本時間午後7時30分から始まったので、テレビの前に座ってみている。シャンパンを飲みながら。一人っきりなのが少しわびしいけれど、なにはともあれめでたいコンサートだから気にしない、気にしない。

そして今、ヨーゼフ・シュトラウスの「わが人生は愛と喜び」をもって終了した。楽友協会は総立ちのスタンディングオベーションである。

指揮はウェルザー・メスト
−1部−
騎兵行進曲 作品428(ヨハン・シュトラウス
ワルツ「ドナウ川の乙女」作品427(ヨハン・シュトラウス
アマゾン・ポルカ 作品9(ヨハン・シュトラウス
デビュー・カドリーユ 作品2(ヨハン・シュトラウス
ワルツ「シェーンブルンの人々」作品200(ヨーゼフ・ランナー)
ポルカ「勇敢に進め!」作品432(ヨハン・シュトラウス

−2部−
喜歌劇「騎士パスマン」からチャールダーシュ(ヨハン・シュトラウス
ワルツ「別れの叫び」作品179(ヨハン・シュトラウス
リストの主題による「狂乱のギャロップ」作品114(ヨハン・シュトラウス父)
メフィスト・ワルツ 第1番(フランツ・リスト
ポルカマズルカ「遠方から」作品270(ヨーゼフ・シュトラウス
スペイン行進曲 作品433(ヨハン・シュトラウス
バレエ音楽「イベリアの真珠」から ロマの踊り(ヨーゼフ・ヘルメスベルガー)
カチューチャ・ギャロップ 作品97(ヨハン・シュトラウス父)
ワルツ「わが人生は愛と喜び」作品263(ヨーゼフ・シュトラウス

今年は観客の中に日本人の姿が少ないような気がする。不況が響いているのだろうか。アジア系をみたら先ず日本人だったのに、ちょっと残念ではある。

小澤征爾さんがウィーンフィルの総監督をしていたころ、たしか2001年だったと思うけど、ウィーンに10日ほど滞在したことがあった。私はアメリカに留学中で、これまたウィーンに留学してきた元同僚を訪ねていったのだった。夏の休暇中で主要メンバーによるコンサートはなかったけど、毎日のように大きなホールでコンサートが開かれていた。国立歌劇場や、シェーンブルン宮殿でコンサートを聴いたが、「一流」の音楽家のものではなかったはずなのに、きわめてレベルが高くて驚いたし、感激もした。ウィーンの音楽が世界一だとあらためて認識させられたものだ。ハブスブルグ・ダイナスティの文化の伝統は生きていた。

文化は食べ物にも及んでいて、コーヒーもケーキもおいしかった。ドイツのそれとは雲泥の差があった。伝統の奥深さをしみじみと思い知った。

去年3月に再びウィーンに行く機会があったが、1日のみの滞在で、結局コンサートへ行くチャンスを逃してしまった。今中継を観ていて、無性に行きたくなった。